旦那様、不倫は契約違反です。我慢の限界ですので覚悟なさいませ。

貴方の人生はまだ続くのですから

目の前に現れたノーマン様に、何を言えばいいのか分かりませんでした。
彼のこんな表情は見たことがないのです。

ブティックに怒鳴りこみに来た時とは異なり、身なりもきちんと整っています。
どうなっているのでしょうか。

文句を言われれば、言い返すことが出来ます。
暴言を吐かれれば、嫌みを返すことが出来ます。

ですが……そうではないノーマン様に、私は一体どんな声をかけたら良いのでしょう。
私が黙ってノーマン様を見つめていると、彼は口を開きました。

「君に謝らないといけないと思っていたんだ。……迷惑をかけて本当に申し訳ない。今までのことも、先日の件も、謝罪させてくれ」

真面目な顔で私に謝罪するノーマン様は、本当に今までとは別人のようでした。

「い、一体どうなさったのですか?」

ノーマン様がお怒りになる様子には慣れていますが、こんな風に真剣な顔で話すのには戸惑ってしまいます。
冷静に受け答えたいのですが、言葉が詰まってしまいました。

私の戸惑いに気づいたノーマン様は、ふっと力なく笑いました。

「先日、両親と話をしてきたんだ。最初は、怒りで父上にも食ってかかったんだが……泣いている母上と老け込んだ父上を見ていたら、段々と目が覚めたというか……。まあ、色々あったんだ。もう遅いかもしれないけれど、これからは真面目に生きようと心に誓ったんだ」

詳しいことは分かりませんが、ご家族で話し合いをして正気を取り戻したのでしょうか。
……それとも口だけでしょうか。

「そうでしたか。今後はどうするおつもりですか? 屋敷を売ってしまわれるようですけど」

私が屋敷に目線をやると、ノーマン様も隣に並んで屋敷を見上げました。

「隣国に貿易会社をやっている親戚がいるんだ。そこで働かせてもらうことにした。屋敷を売るだけでは賠償金には足りないからな」

寂しそうに屋敷を見つけるノーマン様をみて、彼が本気で反省しているのだと分かりました。

長年彼を見てきたのですから間違いありません。


でもどうして急に? という疑問は一旦心の奥底にしまいました。

「隣国ですか。労働者に優しい国だと聞きますわ」

「そうらしいな。親戚は厳しい人だが、俺にはその方があっているだろうから丁度良い。それに、この国いると自分の噂でおかしくなりそうだから」

ノーマン様は「自業自得なんだがな」と言って笑っています。
本当に人が変わったみたいで、ちょっと恐ろしいです。

それでも心を入れ替えたのなら、私が何か言う必要はありませんね。

「支払期日は延長できますので、無理なさらないでくださいね。真面目に生きるのに、遅すぎることなんてありません。あなたの人生はまだ続くのですから」

私がそう声をかけると、ノーマン様は少し驚いた顔をしていました。

「ありがとう。そうだな……君とこんな風に話したのは初めてだ。もっと早く……いや、何でもない。あ、怪我の様子はどうだ? 顔に傷が残ったら……」

「ご心配なさらず。この通り、もう大丈夫ですよ。痕は残りません。ノーマン様、こうしてお話ができて私も嬉しかったです」

彼の言いかけた言葉はよく分かります。本当に、もっと早くこうしてお話がしたかったです。

私が微笑むと、ノーマン様も顔をくしゃくしゃにしていました。

「じゃあ俺はそろそろ行くよ。本当に申し訳なかった。正式な謝罪は賠償金とともにさせてもらう。それじゃあな」

「えぇ、さようならノーマン様」




ノーマン様と会ったことで、胸のつかえが下りました。
制裁を下した相手がいつまでも不満や憎悪を募らせていると、いずれこちら側に刃を向ける可能性があります。

失うものがなくなった人は、何をするか分かりません。
報復されるかもしれないという不安がいつまでも残っていると、生きた心地がしませんから。

正直、以前のノーマン様のままなら、ボディーガードを増やすべきかと考えていましたの。
けれど必要なさそうです。

勿論彼のしてきたことは許せませんが、反省して改心する権利は誰にでもあります。
彼が道を踏み外さず、真っ当な人生を生きてくれることを願いましょう。



それにしても、短期間であのような変貌を遂げるなんて……ご両親とどんな話をしたのでしょうね。

ご両親も改心させられるなら、最初からまともな息子に育ててほしいものです。
そうでなくても長年放置しすぎではないでしょうか。

……なんて少しでも考えてしまうのは、私の性格が悪いからでしょうね。

まあ、もう解決したことなので、良いですけど。
……良いですけど、どうやって反省させたのかは少し気になりますね。



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