彼の溺愛の波に乗せられて
お互い別れの言葉を避けるように口に出さない。
天寿は少し困ったような顔をして微笑むとギューっと抱きしめた。
「行ってくるな」
天寿の瞳がぐらぐらと揺れる。
何でそんな切ない顔見せるの。
「うん。いってらっしゃい」
私はとびきりの笑顔を作って抱きしめ返した。
天寿は最後に私の頭をぽんと撫でるとどこか名残惜しそうに出て行った。
パタンと閉じた玄関のドア。
「くっ…うっ…」
私は堪えきれずに遂に崩れ落ちるようにその場に座って泣き出してしまう。
天寿っ…
天寿は結局最後までさよならを言わなかった。
優しいから。
天寿はいつだって優しかった。
天寿の記憶に残る私は笑顔が良かった。
そして天寿がいなくなったこの部屋をグルっと見て回る。
ここでも、ここでも…。
ここで一緒に過ごしたたくさんの思い出がある。
天寿が出て行ってから2日後。
今日はバレンタインデーだ。
私はそっと用意していたバレンタインのプレゼントをテーブルの上に乗せた。
悩んでチョコレートにした。
残るものは迷惑かと思って。
それでも初めての好きな人へ送るプレゼントは渡したかった。
そして名残惜しくも部屋を出た。