【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、一途な愛を注ぎこまれています。
 ……ただ、幼い頃に会ったこと、あるっけ? と記憶をたどる。そのことに気付いたのか、フィリベルトさまはちょっとだけ寂しそうに微笑む。

「やっぱり覚えていないか。竜を怖がっていたもんね」

 竜を怖がる……? 幼い頃の記憶を掘り返してみる。私が『リディア』になる前の記憶。

 その記憶もちゃんとあるから、こうして話せるし文字だって読み書きできる。

 いや、それは今はどうでもよくてね。……そういえば昔、国境近くまでいったことがあったような……?

 そう、お母さまが亡くなってしばらくしたあと、塞ぎ込んでいたお兄さまと私を気遣って、お父さまが遠出させてくれたことがあった。

 もしかして、そのときかしら?

 そのときなら、竜を怖がるのもわかる。今の私にとって、竜は可愛くて神秘的な存在なんだけどね。

「すみません、覚えておりません……」
「いえ、そう思っていたので。私が勝手に一目惚れをして、追っただけですので」
「ユミルトゥスの人は一途というのは、本当でしたのね……」

 マダムに聞いたことを思い出してそうつぶやくと、フィリベルトさまもご両親も、キョトンとした表情を浮かべた。

 そう言われていることを知らなかったのかもしれない。

 でも、本当に……よく覚えていたわね、私のこと。

 ちょっと感心しちゃう。

 それに比べて私は……覚えていなくて、ごめんなさい。

 会った覚えがあるような、ないような……本当に幼い頃の話だから、なにかの弾みで思い出す可能性もあるかもしれないわね。
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