白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
「大丈夫! そんなに警戒しないで、ね?」
 エルさんはにこやかに笑いながら、このダンジョンには初心者限定の特典があるのだけど、それに気づかないまま進んでしまって取り損ねる冒険者が多いから案内してあげたいだけだと言ってきた。
「特典をもらったらさ、一緒にイカ焼き食べようよ。食べたことある?すごく美味しいんだよ。僕らが奢ってあげる」

 いやいや、どれもこれも誘拐犯がよく使う常套句のような気がしてならないんですが?
「ごめんなさい、間に合ってます」
 やんわりとお断りして、また日を改めて来ようと決心して立ち上がると、エルさんの顔に焦りが見え始めた。

「待って! もしかして、もう他のパーティーと約束してる?」
 エルさんのアンバーの瞳が揺れている。
 どうしてこんなに必死なのか、その理由がわからない。

「え? 違いますけど。あなたの目的がよくわからなくて気持ち悪いだけです」
「うわあ、僕、女の子から『気持ち悪い』って言われたの初めてかも」

 そのつぶやきに、後ろに立っていた男たちが同時にブッ!と吹き出し、肩を震わせて笑い始めた。
「エル、こういう時は正直に言わないとダメだ」
 ひとしきり笑ったところで、ロイさんが口を開いた。
「その特典は俺たちにとってもメリットがあるってことだ。だから俺たちに案内させてもらないだろうか」

 笑いをひっこめたロイさんの、深い赤色の瞳に囚われた。
 最初は不気味で怖いと思ったけれど、破顔した顔が思いのほか少年っぽくて、そのギャップにやられたのかもしれない。
 初心者を連れて行ったら、この人たちにも紹介特典が手に入るってことか。
 それだけなら協力してあげてもいい。
 そう思い始めて迷っていると、男3人と行くのが不安ならお姉さまと行ってくれてもいいと提案してくれた。

 その「お姉さま」とはビアンカさんのことで、酒場まで連れて行ってもらったのだが、この日はあいにく団体客の予約が入っているとかであっさり断られてしまった。
「ごめんなさい、今日は忙しくて無理よ」
「なんだとぉ!」
「ビアンカさん、終わったら僕たちも手伝うからさ、どうにかならない?」
 ロイさんは怒り出し、エルさんはどうにか説得しようとしている。

「何言ってるのよぉ、包丁握ったこともないくせに。もう邪魔しないでくれる? 本当に今日はダメなの」
 ビアンカさんは目も合わせずにひたすら手を動かしていて、本当に忙しそうだ。
 わたしのせいでビアンカさんのお仕事の邪魔をしていることや、この人たちが仲違いしてしまうのではないかという罪悪感に駆られて思わず言ってしまった。

「大丈夫です。わたし、この御三方と行ってきますから」
 後に本人から聞いたところによると、エルさんはこの時、いかにもお人好しな感じのこの子ならクリアできるだろうと成功を確信したらしい。
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