白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
「せっかくだから、イカ焼きを食べて帰ろうか」

 どうしたんだろう。
 旦那様が何だか甘すぎる。

 こくんと頷きそうになったところで背後からヒソヒソ声が聞こえた。
「あら、領主様だわ」
「奥様とご一緒でデートかしら。仲がおよろしいわね」
「だって新婚さんですものね」

 なるほど、人目があるから仲睦まじく見せようとしていたわけね。
 また騙されるところだったわ。わたしって、どこまで馬鹿なのかしら。

 縦に振るつもりだった首を微かに横に振る。
「いいえ、もう帰りましょう」
 作り笑顔で立ち上がると、旦那様の手を引っ張った。
 傍目には、そろそろ行きましょうとおねだりしているような雰囲気で。

「イカ焼きは?」
 旦那様、まだそんなことおっしゃってるんですか?
「もう十分です」
 わたしたちが領主夫婦だと気づいた人たちにはもう十分見せつけたから、これぐらいでいいでしょう。

 腕を組んで歩き、冒険者協会の前で待たせていた馬車に乗った。
 帰り道はまた窓の外を見ながら、これからどうすればいいのかということを考え続けた。

 冒険者を引退するという選択肢は無い!と言い切っていた威勢のいいわたしは、もういない。
 わたしにとってのダンジョン攻略は、ロイさんがいてこそ成り立っていたのだから。
 
リアルが忙しくてなかなか戻ることができないのかもしれない。
 それとも、ふらっとソロでダンジョンに潜ってみたら秘密の通路でも見つけて、そこが思いのほか深くて、ダンジョンの奥で魔物を煮炊きして食べながらサバイバル生活でも送っているのかもしれない。
 そんな風に思っていた。

 彼が大事にしていたパーティーを存続させて、いずれ彼が戻ってきたときに褒めてもらおう。最下層を踏破して大樹に花が咲いたら、噂を聞きつけて戻ってくるかもしれない。
 そう期待していたのに、ロイさんはとっくに冒険者を辞めていた。

 でもここでわたしも辞めてしまったら、こんなお飾り妻の茶番だけを続けていくことになるのだ。
 ダンジョン攻略を続けても続けなくても、どっちも辛い。

 思わずため息をつくと、隣に座る旦那様が「大丈夫か?」と窺ってきた。
 さっきから何か話しかけられていたのだが、わたしは自分自身を悩ませる諸問題をどう解決するかの思案に没頭していて、旦那様の話をちっとも聞いていなかった。

「はい、大丈夫です」
「よかった。では明日、一緒に王都へ行こう」

 ちょっ……ええっ?
 何の話!?

 戸惑うわたしをよそに、旦那様はにこっと笑った。

 
 
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