白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
 夜会当日の今日も旦那様は仕事があるらしい。
 夕方に一度こちらへ戻って支度を整え、わたしと共に夜会へ出かける予定になっている。
 
「いってくるよ、ヴィクトリア」
 お見送りの際にはわたしの額に口づけを落とし、ここでもしっかりとラブラブアピールをした旦那様はさすがだ。

「いってらっしゃいませ、お気をつけて」
 今朝ベッドの中で茶番とはいえ逞しい腕に抱きしめられたことを思い出しながら、自然と頬をほんのり染めることに成功したわたしのことも褒めていただきたい。

 
 午前中は、庭園のバラを見せてもらった。
 領地の庭師であるマックの腕も大したものだと思っているけれど、本宅の庭師もさすがだ。
 ベルベットのような花びらが幾重にも重なった大輪の赤いバラの前で足を止めた。
 
「これ、もしかして……」
 庭師のヨーンに話しかけると、よく日焼けした顔を綻ばせながら教えてくれた。
「さすがは若奥様! それは若旦那様が婚約を申し込みに行くときに持参されたバラです」
「やっぱり! ここのお庭のバラだったのね」
 
 ヨーンによれば、早咲きのバラと同時期から開花が始まり、花期が長くて次々に蕾をつけるバラなんだとか。
 あの時、旦那様はわたしの前で跪いて「私の妻になってください」と言ってこのバラを差し出したのだ。
 実家の両親も使用人たちも、あんなに素敵なプロポーズは見たことがないと、旦那様の帰宅後に大騒ぎしていたっけ。
 
「若旦那様が、これから愛しい人に会いに行くのだとおっしゃって、ご自分でお選びになったバラでございます」
 ヨーンが得意げに続ける。
 
 ちょっと待て。
 今の話がヨーンの脚色でないのなら、それはわたしではなくて愛人に渡すための花束だったのではないの?
 まさか旦那様ったら、同じバラを?
 このバラなら間違いなく女が喜ぶだろってこと?
 
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