白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
 嘘でしょう。
 わたし、いつも王子様と冒険していたってこと!?

 ふと視線を移すと、バルコニーの柱の陰に背の高い近衛兵が立っているのが見える。
 きっとあれはトールさんだ。
 いやそれより、この人たちBAN姉さんにやられて死にかけたことがあったはずだけど、王子様がそんなことをしていていいの?
 ぐるぐる考えているうちに、エルさんに腕を回されていた。

「ねえ、ヴィーの背中すべすべすぎない?」
「ちょっ、触らないでください、エッチ!」

 体の向きを変え、わたしの背中を撫で撫でしていた手をペチンと叩くと、エルさんは口を尖らせて不満そうな顔をする。

「僕ら、ダンジョンでは抱き合って喜びを分かち合う仲じゃんか」
 いやいや、だからね。
 王子様だなんて知らなかったのよ。

「エルさん、あの変装は詐欺ですよ」
 わたしの知っているエルさんはもっと若く見えるし、髪の色も目の色も違う。ヘタすると体格だって違うんじゃないだろうか。
 とにかく口調と声と手のひらの感触以外はまるで別人なのだ。

「そりゃね、王子だってバレると都合悪いでしょ。にしても凄いなあ、すぐにわかっちゃうなんて、さすがは僕の愛弟子だね」

 ———っ!
 そうだった。
 エルさんがエリック殿下ということは、この国で一番の魔術師に指導してもらっていたってことよね。

「なるほど、泥パックですべすべなんて、稀代の魔術師の弟子ならそりゃ朝飯前よね」
「何の話?」
 独り言が聞こえたようで、首を傾げられる。

 ドレスアップ前の湯浴みで泥パックをした時にほんの少し魔法を使った話をしたら、エルさんも「それは売れるね!」と食いついてきた。
「さすがは僕の弟子だなあ。ここだけの話さ、宮廷魔術師なんてやつらはプライドばっかり高い頭でっかちで、魔法をそういうことに使って役立てようっていう発想自体がないんだよ。いいねえ、それを商品化すれば我がパーティーの資金が増えるね!」
 それを即座に否定する。
「ダメです。泥パックは嫁ぎ先を離れた後のセカンドキャリアの資金源にする予定なので、ロイパーティーに権利を渡すわけにはいきません」

「待って、ヴィーはもう未亡人になった後の計画を練ってるの? それとも、結婚したばっかりなのにもう夫の暗殺計画でも立てているとか?」
 エルさんの声が若干震えている。
 何を言ってるんですか、まったく。

「違いますよう、わたしの旦那様は愛人を囲っているんです。わたし、初夜のベッドで旦那様に拒まれたんですけど、今となってはそれでよかったと思っています。2年たったら白い結婚を証明して離婚する予定ですから、その後は泥パックビジネスで一儲けしようかと。あ! これナイショですよ。情報漏洩禁止ですからね!」

 つい、いつものエルさんと話をするのと同じ感覚で馴れ馴れしく接してしまったが、相手は第二王子なのだ。
 これはマズいと気づいたのは、バルコニーの手すりにもたれかかって顔を寄せ合うわたしたちの様子を遠巻きに見ていた参加者たちが、こちらを指さしながらヒソヒソ何か言っているのが視界に入ってきた時だった。
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