白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
 その日の夕食の席。
 ワンピースに着替え、結婚前にプレゼントしたリボンで髪を結ったヴィーがかわいすぎて、彼女が入ってきたときには直視できないほど胸が高鳴った。

 ヤバい。かわいすぎるだろう!
 初夜の時もそうだった。
 あんなに透け透けのナイトドレスは反則だ。鼻血が吹き出すんじゃないかと思って、すぐに目を逸らすしかなかった。
 一度抱いてしまえば、そのまま毎晩、足腰立たなくなるまで抱き潰す自信がある。

 そうなったらダンジョン攻略どころではなくなるし、そもそも好きでもない男に毎晩そんなことをされるのは嫌に違いないと思ったのだ。

 しかし妙に拗れてしまった今になって振り返ると、あのタイミングで打ち明けてしまったほうがよかったと後悔している。
 実は、自分がロイであることを。
 最初のうちはいつ気付くだろう、気付いた時にどんな顔をするだろうって思っていたのだが。

 きっと驚いて、理由も告げずにいなくなったことを責めて泣いた後に再会を喜んでくれるだろうと思っていたのに——我が妻はまったくこれっぽっちも気付く気配がない。
 一緒にイカ焼きを食べたり、ダンジョンの大樹にもうすぐ花が咲く話をして気付いてくれるよう努力したつもりだったが、ヴィーはそれが初耳であるかのように振る舞った。
 
 エリックに、ヴィーに話したのかと尋ねられて、気付いてもらえなくて困っているとこぼすと笑われた。
「あの子は今、ダンジョン攻略で頭がいっぱいだから」
 そもそも結婚した途端、仕事に忙殺されてろくに顔を合わせる機会すらないのだ。その責任の一端はエリックにもあると思う。

「気付くわけないよ。猫かぶってるなんていうレベルじゃなくて、丸っきり他人かってぐらい違いすぎるもん。髪と目の色だけならともかく、ロイのときの君は口調も性格も全て乱暴すぎるんだよ」
 そうだろうか、これはもはやこちら側の問題ではなくヴィーが鈍さが問題なのではないか。
「じゃあ、王子様の姿でヴィーに会ってみろ。どうせ気付かれっこないから」
「いいだろう。やろうじゃないか」

 そんな売り言葉に買い言葉で、夜会に出席することとなった。
 
 夜会用のドレスがあまりにもエロキュートなせいで、男たちがチラチラとヴィーの背中に視線を向けている。
 けしからん。早くエリックを探し、対面させたら帰ろうと焦ったのがマズかった。

 主催者であるバージェス公爵の二女、ルナール嬢に捕まってしまったのだ。
「わたしに落とせない男はいない」
 そう豪語する男癖の悪い尻軽女で、父親であるバージェス公爵も手を焼いているという。
 派手な顔立ちに大人の女の色気を放つ煽情的な体つきは、ちょっとした火遊びにはちょうどよさそうだが、絶対に妻にはしたくないというのが高位貴族の男たちの共通認識だ。

 自分がそんな風に言われていることを知ってか知らずか、腕に絡みつくフリをして大きな胸を押し付けられて嫌悪感が募る。
 ここがもしダンジョンなら、
「おのれサキュバスめ!」
と言って、大剣でバッサリ瞬殺してやるのに!

 脳内でルナール嬢を100回ほど斬りつけながら表面上はにこやかに、酔っているのなら別室で休憩するかと提案すると、彼女は一瞬、してやったりという顔を見せた。
 自宅なだけに、どの部屋なら人が来ないというのも心得ているのだろう。ルナール嬢は嬉々とした様子で「こっちよ」と廊下に並ぶ扉のひとつを開けると先に入っていく。

 そこで扉がバタンと閉まった。
 否、正確には扉を強引に閉めて内側からは開けられないよう魔法をかけたのだ。
「おかしいなあ、開きませんね。人を呼んできます」
 棒読みでそう言って、その場を立ち去る。

 夜会が終わるまでその部屋でおとなしくしているがいい。
 エリックを探すはずがとんだ遠回りになってしまった。どうしてこんなに何もかもうまくいかないんだろうか。

 会場に戻ると、友人のひとりが「おい、いいのか?」と駆け寄ってくる。
 なにかと思えば、言いにくそうに教えてくれた。
「バルコニーでエリック殿下が君の妻の背中を撫でまわして親密そうにしているんだが……」

 はあっ!?
 エリックのヤツ何やってんだ。ぶっ殺す!
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