白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
「つーかさ、俺は火遁の術を使う時に手で印を結ばないと出せないけど、こっちの魔術師も普通は杖を持ったり詠唱したりするもんなんじゃないのか?」
 そう。ハットリの炎の出し方は独特で、詠唱ではなく両手で「印」を結ぶ。
 
「何言ってるの、わたしの武器は杖じゃなくて大剣よ」
 以前はわたしも、魔術師といえばローブを着て杖を持って長ったらしい詠唱で強力な魔法を放つものだと思っていた。
 実際、高等学院の魔法科の学生たちは、演習場でそうしていたように記憶している。
 
 しかしエルさんからは、何度もイメトレを繰り返せば瞬時にそのイメージ通りの魔法を放つことができると教えられているし、ロイパーティーの魔術師たちはみんなそうだ。
 
「いやいや、魔術師が大剣を背負ってるってのがそもそもおかしいだろ」
 ハットリの言うことは、たしかにもっともだ。
 
 ロイさんの大剣を引き継ぐ前は、わたしもそれっぽい杖を持たされていた。
 魔法を放つ方向をきちんと定めるための指揮者のタクトのような細い棒で、武器としての役割は皆無だったけれど。
 
「魔術師がそれっぽい恰好をして、それっぽくもったいつけながら詠唱した後にさらにその魔法の名前までご丁寧に宣言して放つっていうのはね、ただのデモンストレーションだから。ダンジョンの中であんな裾を引き摺りそうな服装は動きにくいし、実戦であんな長ったらしい詠唱してたら隙だらけで敵にやられちゃうわよ」
 
 そんなもんなのかとハットリが首を捻っている。

「それは半分正解で、半分ハズレかな」
 笑いを含んだ声が背後から聞こえた。

「エルさん!」
 振り返った拍子にイメトレ中のままの指をエルさんに向ける形になってしまった。
「ちょっと! その指ダメ!」
 エルさんがギョッとした様子で身構えると同時に、トールさんがあり得ない速さで巨体をひるがえして主の前に立ち、庇う態勢をとる。
 
「人に向けて魔法を放ってはいけませんって教えなかったっけ?」
 旦那様もエルさんも、随分ビビリだわ。ただのイメトレなのに。
 怖さを知っているからこそ慎重になるのかもしれないけれど。
 
 とはいえ旦那様は、バラ園で人に向かって魔法を使ったわよね?
 あの人、やっぱり攻撃的で性格が歪んでいるんだわ。

「愛人を囲っている旦那様にお仕置きする時だけは許してもらえませんか。いつか『お仕置きドン』でヒーヒー言わせてやるんだからっ。だから旦那様に悟られる前に瞬時に放つ必要が……」
 そこまで言って、しまったと思って口を噤む。
 これでは旦那様が魔法のゆらぎを敏感に察知する人だとバラしてしまったも同然だ。
 
 んんっと咳払いをして話題を変える。
「ところで、さっきの『半分ハズレ』っていうのはどういう意味ですか?」
 
 座る位置をずらしてエルさんがソファに座れるようにスペースを空けると、「それはね」とにっこり笑って腰を下ろしながら説明し始める。
「詠唱は基本中の基本なんだよ。魔法を習得していく手順は、まず術式化された呪文を覚えてそれを詠唱して発動させるんだ。それができるようになってから応用パターンとしてイメージを膨らませて無詠唱で具現化したり、型通りの呪文ではなくてオリジナリティを加えてみたりするのが上級者ね」
 
 なるほど、と頷く。

「だから、あながちかっこつけてやってる訳でもないんだ。特に広範囲の殲滅系の魔法は詠唱したほうが成功率も威力も高くなるからね。それに、放つ前に名前を言ったほうがよりイメージが鮮明になるでしょ」
 
 ええっ! そうだったの!?
「わたし、詠唱なんて教えてもらっていませんよね?」
 
「うん。それは仕方ないよ、すぐ使い物になるように育てろってロイに言われたんだもん」
 いやいや、「だもん」ってかわいらしく首を傾げられても?
 
「だから基本を飛ばしてイメージ重視の無詠唱を覚えてもらったってわけだよ。ヴィーが優秀な弟子で僕も鼻が高いよ」
 
 ん? ということは……。
 発動する前に名前を言えばもしかして「お仕置きドン」をマスターできるかも?
 
「ねえ! ダンジョン行きましょう!」
 わたしは勢いよく立ち上がった。
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