白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
 妙な憶測を生んで使用人たちがわたしを腫れもの扱いしていることや、旦那様がそんなわたしを庇ってくれたことに申し訳なさが募る。
 侯爵夫人がダンジョンで大剣を振り回しているのも十分な醜聞だろう。
 髪を食べられたぐらいで済んでむしろラッキーだった。
 もしもミミックに体ごと飲み込まれていたら大怪我を負っていた可能性もあるし、そうなれば言い逃れができなかったかもしれない。
 
「やっぱりもうやめるしかないかな……」
 窓際に置いた椅子に腰かけ、遠くに見える大樹を眺めながらぽつりと弱音が漏れる。
 
 ロイさん、わたしどうしたらいい?
 もしもロイさん本人が聞いたら「そんなことは自分で決めろ」と突き放すように言うだろう。
 そう言っている声も表情も容易に想像できる。
 
 2年前、連日地下41階に通い詰めてイリジム鉱石を集めた後、ロイさんは満足げに笑いながらわたしに言った。
「正式にうちのパーティーのメンバーになれよ。ダンジョン、楽しいだろ?」
 その勧誘に二つ返事で飛びついて、わたしの冒険者としての生活が本格的に始まったのだ。
 
 大樹を眺めながらいつの間にかロイさんとの思い出に浸っていると、背後で静かな声が響いた。
「ヴィクトリア」
 驚いて振り返るとそこに立っていたのは、旦那様だった。
 
 なぜか少し身構えている。
「すまない、ノックをしたんだが返事がないから勝手に入ったんだが」
 旦那様は、いきなり後ろから声をかけたせいでわたしを驚かせてしまったと思っているらしい。
 
 違います。
 ロイさんのことを考えていたせいか、旦那様の声を一瞬ロイさんの声だと勘違いして驚いたんですよ。
 もちろんそんなことは言わないけれど。

「申し訳ありません。考え事をしていて聞こえなかったみたいです。失礼しました」
 立ち上がったわたしに、旦那様が小さな箱を差し出した。
「さっき言っていた土産だ」
 
 わたしがなかなか来ないから、わざわざ旦那様の方から出向いてくれたらしい。
「ありがとうございます」
 お礼を言って受け取り、開けてもいいかと首を傾げて尋ねると旦那様が頷いて微笑んだ。

 箱の中に収まっていたのは小さめの髪留めだった。
 旦那様の瞳と同じアイスブルーの小さな宝石があしらわれている。

「まあ、素敵」
 
 よかった。
 これよりも大きな髪留めだったり、リボンだったりしたら、この短い髪には合わせられなかったところだ。
 まるでこれを選んだ時にはすでに、こヘアスタイルを知っていたかのような……そうか、このお屋敷の誰かが事前に旦那様に伝えたのかもしれない。

 だから驚いたりせずにすんなり受け入れてくれたんだわ。
 
 箱から取り出した髪留めを左耳にかかる髪をすくうようにして留めてみると、旦那様がよく似合っていると言ってふわりと笑う。
 この人は本当にこういう甘い雰囲気を作るのが上手なクズ男だ。

 ほだされてはならないぞ!と強く自分に言い聞かせた。
 
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