白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
「テメー、何様のつもりだっ! 実力もない小娘のくせに馬鹿にしやがって!」
 ジークさんが威圧するように円卓をバン! と強く叩いて立ち上がりこちらを睨みつけている。
 なかなかの迫力だが、それを言ったら怒ったときのロイさんはもっと怖かったから、この手の脅しはへっちゃらだ。
 
「わたしがリーダーを務めるロイパーティーが地下49階を自力でクリアして最下層にすでに到達しているのは紛れもない事実です。あなたがたは、実力もない小娘に後れを取っているんですよ?」
 ここで一呼吸おいて、わざと挑発するように言ってみた。
「早く追いついてみせなさいよ」

 いまにも殴りかかるんじゃないかと思うほど怒り心頭のジークさんを、取り巻き連中はハラハラしながら見ている。
 しかし見るだけで何も言わないし、止めようともしない。
 
 ユリウスさんが咄嗟に防御壁を展開し、わたしが人差し指を立てて「お仕置きドン」の発動準備をしたときだった。
 
「双方、そこまで」
 旦那様の低い声が響いた。

「ここで乱闘騒ぎはおやめください。誰かを傷つけるようなことをすれば、その者を氷漬けにします」
 低く静かな声でそう言った旦那様が手袋を外す。
 
 足元が急にひんやりとし始めた気がして、視線を落としてギョッとした。
 床の絨毯に霜が降りてみるみる白くなっていくではないか。
 
 ヤバい、旦那様ったら本気だわっ!

 手を膝の上に戻し、守ろうとしてくれたユリウスさんにお礼を述べた後、「失礼しました」と皆さんに向かって頭を下げた。
 ジークさんもチッと舌打ちして着席する。
 
「ロイパーティーの提案を受け入れますか?」
 
 旦那様に問われてジークさんは渋々頷いた。
「わかったよ。クリアしてやろうじゃねーか! 吠え面かかせてやるからな」
 
 ジークさんたちが地下49階をクリアしたからって別に吠え面をかいたりしないわよ。
 そう思いながらも、ここでまたそれを口にすれば火に油を注ぐことになるだけなので、代わりににっこり笑ってみせた。
 
「ご武運を」
 
 実際、ジークパーティーが地下49階をクリアするのにどれぐらいの日数がかかるのかは見当もつかない。
 もしかすると明日かもしれないし、一年先かもしれない。
 
 でもロイさんが戻ってこないと確定したことで、正直もうどうでもよかった。
 わたしもこのまま引退してしまおうかと思ったが、ここまで首を突っ込んだ手前「やーめた!」という訳にもいかないだろう。
 その落としどころとして、大きな責任がのしかかる討伐隊のリーダーを本人の希望通りジークさんに譲ることにしたのだ。
 
 ただし以前ユリウスさんに言われた通り、自分のパーティーメンバーが命の危険に晒されるのは御免こうむりたいから、リーダーを担う統率力や戦略を立てる能力があるのか証明してもらいたい。
 
 次回の会合はジークパーティーが地下49階をクリアした後でと申し合わせて散会となった。
 
「ねえ」
 帰り際にユリウスさんが、小声で囁いてきた。
「協会長さんの魔力すごくない? あの人パーティーにスカウトしてみたら?」

「でもあの人、ダンジョンの運営側でしょう? そんな人が冒険者になっていいんですか?」
 協会長がラスボス戦に参加だなんて、聞いたことがない。
「やっぱりダメか」
 ユリウスさんが苦笑する。
 
 それ以前に、わたしの旦那様っていう時点でアウトです。魔法は嫌いだって言ってたし。
 
 そう思いながら、あははっと笑ってごまかしておいた。
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