白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
 明日ヴィーが王都にやってくる。
 厄介な仕事を全部片づけて明日からはヴィーと過ごす時間を多く取ろうと、エリックに急に張り切ってどうしたと揶揄われながら事務処理にいそしんでいる時だった。
 
 ヴィーの実家、クラリッド男爵家の使いの者が伝令を持ってきたとの知らせを受けて会いに行くと、思いもよらぬことを告げられた。
「ヴィクトリア様がマーシェスダンジョンでの討伐中に頭を強く打ち、意識不明の状態でクラリッド男爵家に運ばれました。現在、神官を呼んで治療中です」
 脚の力が抜けそうになって、しっかりせねばと拳を強く握る。
 
「なぜダンジョンの近くで治療をしなかったのです?」
 使いの男が言いにくそうに目を伏せる。
「ヴィクトリアお嬢様の登録情報にそう書かれていたそうです。いかなる状況でも実家に戻ってから治療を施すようにと……」
 
 冒険者登録をする際に、万一の時のために緊急連絡先を記入しなければならない決まりがある。
 これは冒険者の身元がバレてしまう可能性が極めて高い個人情報のため、緊急時以外は協会の職員でも閲覧できないようになっているし、それを見た職員は守秘義務を厳守しなければならない。
 
 BAN姉さんのリフレクト(反射)でエリックの腹に大穴が開いた時には王城に連絡が行き大騒ぎになったが、それも完全に伏せられている。
 その件で国王陛下が相当怒ってエリックの結婚が早まり、いまは気安くダンジョンに行かないよう監視がついている。
 と言ってもその監視をかいくぐって行ってしまうため、近衛兵のトールだけは止めずにダンジョンに付き合って無茶しないようにフォローしろと言われているのだ。
 
 ヴィーが連絡先を実家のままにし、さらに治療も実家でと指定していたのは、マーシェス家に連絡がいかないようにとの思惑があったのだろう。
 ただの怪我であれば、こっそり治療を受けて何事もなかったように戻ればいいだけだが、こうして実家から使いが来たということは最悪の事態を覚悟しなければならないのかもしれない。
 
「わかりました。すぐに支度をしてクラリッド男爵家へ向かいます」
 使いを先に帰して仕事場へ戻ると、エリックに何かあったのかと聞かれた。

 事情を話すとひどく驚いて、
「ハットリにどういう状況でそうなったのか聞いてくるから!」
と言うや否や、止めるのも聞かずに空間移動で飛んで行ってしまった。
 
 落ち着け。
 ヴィーはきっと大丈夫だから。
 
 こんなに動揺していては空間移動に失敗しそうだ。
 何度も何度も、落ち着けと自分に言い聞かせた。
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