白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
 旦那様の訪問も、手紙やプレゼントが届くこともなく、たまに侯爵夫人の公務として領地内の孤児院への慰問や視察に赴く以外は、庭師のマックと一緒に庭の手入れをすることと図書室で読書にふけることが日課となった。
 初夜を拒まれて婚姻翌日には王都の屋敷を追い出された「お飾り妻」という事情をこちらの使用人たちもしっかりと把握しているらしく、庭師のマック以外は皆どことなくわたしに冷たい態度を取って距離も置いている。
 食事の用意ができたと呼びに来る以外は、ほぼほったらかしだ。
 いや、もうね、まさに願ったりかなったりの環境で、思わず小躍りしたくなるほどなのよっ!
 午前中に土いじりをして、そのカーゴパンツ姿のままで一日中過ごしても誰にも咎められないし(少し嫌そうな顔はされるけど)、昼食後、午後はずっと図書室に籠る(ふりをしてダンジョンへゴー!)というお気楽な生活だ。

 幼少期からの泥んこ遊びの賜物か、わたしは思春期に土属性の魔法が使えるようになった。
 この国の貴族は、魔法を使える人が多い。
 高位貴族であればあるほど魔力が強く、高度な魔法が使えるため重宝される。
 王族となるとさらに凄いらしい。
 だからこそ、生まれてくる子供の魔力を考慮して家格の釣り合わない伴侶を持たないのが通例だ。
 結婚前、わたしはそれを心配していた。
 旦那様がどんな魔法を使えてどれほどの魔力量なのかは知らないが、おそらくそれなりだろう。かたや、わたしは思春期にようやく魔法が少し使えるようになった程度だ。そんなわたしとの間に生まれてくる子供の先天的な魔力は、期待できそうにない。
 しかしそれは杞憂だった。
 なにせ旦那様は、わたしとの間に子供を設ける気がないのだから。
 愛人は高位貴族の女性なのかもしれない。
 そちらと子供を作って養子にでもするつもりだろうか。
 それでも構わない。今のわたしは、そんなことよりもダンジョン完全制覇のほうが大事だ!
 ああ、わたしもいつの間にかダンジョン沼にどっぷりはまってしまったのね……と心の中で嘆きながら、今日も魔法で土人形を作って図書室のロッキングチェアに座らせておき、さらに観葉植物の鉢植えからパーティーの拠点である酒場の2階へ転移する。

「ひっ!」
 小さな悲鳴が、転移した途端に聞こえて来た。
 わたしの転移は、魔法陣でかっこよく登場! ではなく、土から土へという土魔法使い独特の方法であるため、鉢植えの土からボコボコッと飛び出してくるわけで、知らない人にこの場面を目撃されるとたいてい驚かれる。
 がしかし、ここは我がパーティーの拠点のはずだ。
 わたしが鉢植えから登場するのはもう慣れっこで、驚くメンバーなどいない。
 それなのに、目の前には見知らぬ若い男がいた。
 藍色の布のほっかむりをして、ロイさんの大剣を抱えている。
 これは見るからに泥棒だ。
「どっ……」
 泥棒だあぁぁぁっ!と叫ぶ前に、男が脱兎のごとく開けたままになっているドアから逃げ出した。
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