白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
 足早にこちらへ近づいてくる気配がして、頭を下げたままのわたしの視界に靴のつま先が入ってきた。
 
「ヴィクトリア、それよりももう大丈夫なのか?」

 優しい声色から察するに怒ってはいないようだ。
 何よりもまずわたしの身体のことを気遣ってくれたことが嬉しくもあり、申し訳なくもある。

「ありがとうございます。ちょっと頭を打っただけですので、もう大丈夫です」

 旦那様のアイスブルーの瞳を見るのが怖くて頭を下げたまま続ける。
「わたくしは侯爵夫人の責務よりもダンジョンの攻略を優先するような愚かな人間です。慰謝料はおいくらでも、旦那様の気の済む金額をご請求ください。一括ではお渡しできないかもしれませんが、必ず全額納めます。愛人の方との結婚が叶わないのなら、次はもっと従順なお飾り妻をお探しください」

 あら、そんなつもりはなかったのに、最後の言葉は少し嫌味っぽかったかしら。

 言葉にしながら改めて、自分にとって普通の結婚など向いていなかったのだと悟った。
 これからは冒険者を本業にして、くまーを連れて世界各地のダンジョン巡りでもしようかしら。
 慰謝料はダンジョンで集めた金貨の蓄えがあるし、足りない分はまたダンジョンで稼げばいい。
 泥パックビジネスの構想だってある。
 マーシェス侯爵家はお金持ちだから経済的に困窮しているわけではないが、何かしらの形で謝意を示すにはやはり慰謝料の支払いが妥当だし後腐れもないと思う。

「ヴィクトリア、顔を上げて」

 おずおずとその言葉に従うと、目の前に眉を八の字にして困っている様子の旦那様がいる。

「愛人などいないよ。初夜のことは悪かったと思っている。好きでもない男に抱かれるヴィクトリアが気の毒だと思って控えていただけだ」
「え……?」

 腕を引かれて温かい胸に優しく抱きしめられた。

「すまなかった。最初から知っていたんだ。ヴィクトリアがマーシェスダンジョンを攻略中だっていうことも、ロイが好きなことも」
「ええっ!」

 わたしの戸惑いをよそに旦那様が続ける。
「ちなみに父も知っているよ」
「ええぇっ!?」

 そんな……。全部知っていたの?
 どういうことなのかわからず、口をはくはくさせることしかできない。
 
「ダンジョンの踏破まであと少しのところまで来ている状態で辞められない気持ちはよくわかる。だから正直に秘密を話してくれたら最後まで頑張れって応援するつもりだったんだよ?」
 複雑そうな顔をしている旦那様を見上げる。
「知っていて黙っていたんですか?」

 なんだか沸々と怒りがわいてくる。
 わたしが身バレを恐れていたのはなんだったのか。
 忍び服で変装していた意味がない。
 しかも旦那様の目の前で大声を張り上げてジークさんを挑発したり喧嘩したことを思い出すにつけ、猛烈に恥ずかしくなってきた。

「すまなかった。冒険者協会の規約で制約がいろいろあるんだ。ヴィクトリアのほうから言ってくれなければ、こちらからは何も言えなかったというわけだ」
 
 なるほど、確かにそうだった。
 以前、旦那様に協会の職員を紹介してもらいながら挨拶回りをした時も受付のアナベルさんはわたしに気づいている様子だったのに、何も言わずにスルーしてくれていた。

 よく考えたらあれも旦那様はわざとやっておもしろがっていたってこと!?
 もうっ!
 
「旦那様は人が悪いです」
 唇を尖らせて抗議すると、ぎゅうっと抱き込められてしまった。

「あまりかわいい顔をしないでくれないか」

 どうしたんだろう。
 旦那様が甘すぎなんですが!
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