白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
「やめろ、触るな」
「嫉妬深い男は嫌われるって知らないのか? 愛人問題が解決したら突然独占欲むき出しかよ」
「愛人問題など元々ない。人聞きの悪いことを言うな」
「あははっ」

 ふたりのやり取りから察するに、旦那様はエルさんの正体がエリック殿下だと知っている様子だ。
 では、あの夜会でエリック殿下に紹介したいと言っていたのは、わたしとエルさんを引き合わせることでぼろを出したわたしが自ら冒険者であると白状することを狙っていたんだろうか。

「エルさんて、わたしの旦那様がマーシェス侯爵だって最初から知っていたってことですよね?」
 思わず声が低くなる。
 
 旦那様が冒険者のヴィーだと知りながらわたしに求婚してきたとき、エリック殿下の推薦状を携えていたのだ。普通に考えて知らなかったはずがない。
 全部知りながらニヤニヤしていたとは、なんて悪趣味なんだろうか。

「ヴィー」
 エルさんが憂いを含んだ微笑みでわたしの手を両手で包み込んだ。
「立場上あれこれ言えないことがたくさんあるんだ。わかってくれるよね」

 この人はいつもこうやって奥様のことも煙に巻いているに違いない。
 それはズルい言い訳だと抗議しようとした時に、上からシュパッと手刀が振り下ろされて手が離れた。

「だから、触るな!」
 旦那様がより一層不機嫌そうな顔をしている。
 ここは話題を変えた方がよさそうだ。氷漬けにされたらたまらない。

 焦りながら、ところでエルさんはどうしてここにいるのかと聞くと、もちろん会合に参加するためだと言われて戸惑ってしまう。
「なぜですか?」
「なぜって、ジークに文句を言ってやらないと気が済まないからだよ。もしも次の討伐隊のリーダーになるってまだ主張するなら僕があいつの頭をソニックブームで吹っ飛ばしてやるから、任せてね」

 にっこり笑いながら怖いことを言わないでください!
 
「それよりも……わたしロイさんのこと、わかっちゃったんです!」
 エルさんは、わたしの正体を知っていながらずっと知らないふりをしていたのだ。本当はロイさんのことだって知っているに違いない。
 
「え! 気づいたの?」
 ほら、その言い方。やっぱり知ってるんだわ。
 
 ここ数日、ロイさんと再会した時のことを思い返す度にあれこれ考えて、やっぱりそうなんだと納得して気持ちの整理はもうついている。

 少々声を潜めて静かに告げた。
「ロイさんって、もう死んでるんですよね?」

 そう言うや否やエルさんとトールさんは同時にブッと吹き出して笑い始め、旦那様は残念そうに肩を落とした。
 
 わたしが真面目な話をしていると言うのに、エルさんだけでなく寡黙なトールさんまで笑ってるってどういうこと!?
 ロイさんが死んだと思ったのは勘違いだったんだろうか。

「いや、そう思ってくれていい。うん、それがいい」
 そう答えたのは旦那様だった。
 
 残念そうな表情の理由はやっぱりロイさんがもうこの世にいないということなのだろう。
 口調の歯切れの悪さは、すでにロイさんが冒険者ではないにしても守秘義務違反になる恐れがあるからに違いない。

「やっぱりそうだったんですね……」
 
 しんみるするわたしの横で、尚もエルさんがお腹を抱えて笑い続けていたのだった。

 
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