エリート海上自衛官の最上愛
『うみかぜ』にて

定食屋うみかぜ

 芽衣が彼と出会ったのは、少し風が強いよく晴れた日のことだった。

 横須賀湾を望む丘の上に建つ定食屋うみかぜでは、ランチタイムの真っ最中。普段よりもたくさんの客が詰めかけている。

 わいわいガヤガヤと賑やかな店内で、秋月(あきづき)芽(め)衣(い)は、〝うみかぜ〟と染め抜かれた青いエプロンを身につけてテーブルとテーブルの間を忙しく歩き回る。定食を載せた盆を客のもとへ運び、客が帰った後のテーブルを片付ける。

 その間も、通りに面した引き戸の扉は、ひっきりなしにガラガラと開き、客たちが暖簾をくぐる。皆に"マスター"と呼ばれているうみかぜの主人が張りのある声で彼らを出迎えた。

「お、〝おかえり〟! 久しぶりだね」

「〝ただいま〟マスター。空いてる?」

「ああ、ちょうど今空いたよ。芽衣ちゃん、二名さまご来店」

 うみかぜのマスターは、客を「いらっしゃいませ」ではなく「おかえり」と言って出迎える。客もまたそれを不思議そうにするでもなく「ただいま」と答える。

「いらっしゃいませ。窓際の席へどうぞ」

 ここで働きはじめて三カ月、マスターと客たちのちょっと変わったやり取りには慣れたけれど、まだ自分が口にするのは照れ臭い。これはマスターと彼らが特殊な関係だからこそ成り立つものなのだ。マスターも芽衣に強要はしない。

「こんにちは、芽衣ちゃん。日替わりふたつお願い」

「かしこまりました」

 お冷のグラスを置いて、マスターにオーダーを通してから、芽衣は他の空いたテーブルを片付ける。うみかぜの店員は芽衣とマスターのみだから、目のまわる忙しさだ。

 朝から芽衣とマスターで下ごしらえをした食材がすごい速さでなくなっていく。
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