エリート海上自衛官の最上愛
 ——自分の中のこの変化は今唐突に起きたわけではないと思う。思い返してみると彼と出会ってから少しずつ起きていたのだ。
 苦手なはずの海の話を彼の口からなら、もっと聞きたいと思ったこと。

 イベントに参加すると決めたこと。

 胸が熱くなるのを感じながら、芽衣は口を開いた。

「無理をしているわけじゃなくて私が行ってみたいと思うんです。だって私……私も昔は……海が大好きだったから……」

 思わずそう口にして、芽衣ははっきりと思い出す。

 そうだ、両親のことがあるまでは、自分は海が好きだった。

 キラキラと日の光を反射させる青色を、目を輝かせていつまでも眺めている子供だったのだ。

 あの頃の気持ちは、もうどこにもなくなったと思っていた。

 ひどい記憶に塗り替えられて、完全に消え失せたと思っていたのに、心の奥底に沈んで見えなくなっていただけで、まだあったのだ。

 そして彼と出会い、彼を好きになったことでまた、息を吹き返そうとしている。その息吹を確かに感じながら、芽衣は口を開いた。

「休みになると、私いつも海を見に行きたいって父と母にせがんだんです。母は『連れていくのはいいけど、帰らないじゃない』って困ってて。そした父が『べつにいいじゃないか』って言ってくれて、三人でよく海を行きました。ずっと忘れていたけど……」

 芽衣は彼の手をギュッと握った。

「晃輝さんと一緒なら、大丈夫だと思います。怖くなっても手を繋いでいてくれるなら」

 思いを込めて晃輝を見ると、自分を見つめる彼の瞳が一瞬揺れる。なぜ、芽衣がこのトンネルを潜りたいと思うのか、彼にも十分伝わったようだ。

「わかった。絶対に手を離さないから安心して。行こう」

 繋いだ手を握り直し微笑み合って、トンネルに向かって歩き出した。
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