エリート海上自衛官の最上愛
「まあこれは、防衛大の卒業式に総理大臣から送られた有名な訓示の受け売りなんだけど。俺はいつもそう思ってる。誰かのさ助けになりたくてこの仕事に就いたけれど、皆に感謝されたいとは思っていない」

 そう言って彼は、気を取り直したように水面を見た。

「それにしても反応ないな。腕が鈍ったかな」

 その綺麗な横顔を見つめて、芽衣の胸が熱くなった。誰にも感謝されなくても彼は職務をまっとうする。有事や災害の際は真っ先に現地へ向かうのだ。

 ——そばにいたいと強く思う。誰も知らなくても自分だけは、彼の仕事を、彼の思いを知っていたい。

 でも、そのためには……。

「芽衣、芽衣の方引いてる」

 晃輝から声をかけられて、ハッとして水面を見る。

 確かに垂らした糸がくいくいっと引いている。芽衣は慌てて竿を引く。けれど力が強くなかなか上がってこなかった。無理やり引けば逃げられてしまいそうだ。

「タイミングを合わせて引くんだ」

 晃輝が手を添えてくれて竿を引くと、バシャンバシャンをしぶきを飛ばしながら姿を現したのは真鯛だった。

 晃輝が網で鯛をすくい、陸に上げる。

「鯛だ。すごーい!」

 周りの客から声があがった。

 ここは海と空間は繋がっているけれど、釣れる魚は管理されている。大抵釣れるのは鯵で鯛はなかなか釣れないと口コミに書いてあったのに。

「やった!」

 バケツの中で暴れる鯛を見て、芽衣は声をあげた。父と行っていた頃も魚が釣れると、芽衣は飛び上がって喜んだ。あの時の気持ちが蘇る。

「でかいな〜。さすがは漁師の娘だ」

 晃輝がしゃがみ鯛の口から針を外しながら感心したように言った。その言葉に、芽衣の頭に小さな頃のことが蘇り胸が懐かしい思いでいっぱいになっていく。晃輝の姿がじわりとにじんだ。

 一方で、涙ぐんでしまった芽衣に晃輝が気づき眉を寄せる。

「悪い、芽衣。こういう言い方はよくなかったか?」

 芽衣は首を横に振った。

「逆です。懐かしくて嬉しい気持ちになったんです。父もそう言ってくれました。私の竿に魚がかかると褒めてくれたんです。さすがは俺の娘だって……。父ちゃんの跡をついで立派な漁師になるんだぞって。両親のことがなければ私、漁師になっていたと思います」

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