エリート海上自衛官の最上愛
 そしてうみかぜの明かりに吸い寄せられるように、重いスーツケースを引いて急な坂道を上っていたのだ。

 あの時の気持ちを思い出そうとするけれどやっぱりはっきりとはわからない。

 でも坂の途中息が切れて苦しくなった時も、あの暖かな明かりの漏れる場所へ行けば大丈夫だという確信があったのは覚えている。そこが食堂だと知らなかったはずなのに……。

「ふーん」

 直哉が納得したようなそうでないような声を出した。

「でもマスターもマスターだよな。いきなり来て働かせてほしいって言い出した芽衣をその場で雇うことにしたんだろ? それもなんかびっくりな話だよ。マスターってこういう人助けみたいなことよくするの?」

 直哉からの問いかけに、今度はマスターが、うーんと考え込んだ。

「いやこんなことははじめてだ。そもそもうちで従業員を雇ったことはなかったし。……もちろん芽衣ちゃんが困っていそうだから、いてもらうことにしたんだが、なんていうかそうだな……」

 そう言って首を傾げている。

 芽衣と同じようにあの時のことを思い出しているようである。

「どうしてかわからないが、この子はここにいるべきだと思ったんだよ」

 そう言って、にっこりと笑った。

『ここにいるべき』という言葉に、芽衣の胸がドクンと鳴った。

 あの時、芽衣も同じように感じたとはっきり思い出したからだ。

 この店で働きたいと思ったが、それよりも自分はここにいるべきだという強い確信が胸に生まれた。そしてその衝動に突き動かされるままに、マスターに働かせてほしいと頼んだのだ。

 ……そういえばあの衝動には覚えがある。

 基地でのイベントの際、制服姿の晃輝を目にした時に感じた強い想いだ。あの時は単純に彼の制服姿にドキドキしたのだと思っていたけれど……。

「今となっては直感に従っててよかったなと思うよ。もううみかぜに芽衣ちゃんがいないなんて考えられないからね。不思議な巡り合わせだね」

 ——不思議な巡り合わせ。

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