エリート海上自衛官の最上愛
「こんな偶然あるんだねってマスターもびっくりしてました」

 芽衣は写真を見ながら、自分の中の不思議な思いを口にする。

「実は私、前職の社宅を退去した日、ここへきた時の記憶がはっきりとしてないんです。あの日、とりあえず落ち着けるビジネスホテルを探していたはずなのに、いつの間にかこの街に来てて……。うみかぜの明かりを見てあそこへ行きたいって思ったんです。なんの根拠もないのに行けばなんとかなるって気持ちになって」

 晃輝が眉を寄せて芽衣の話に耳を傾けている。

「マスターはマスターで、従業員を雇うつもりはなかったのに、どうしてかこの子はここにいるべきだって思って私を雇うことにしたっておっしゃってて……晃輝さん?」

「——いつか必ず君のもとへ帰ると約束します」

 遠い目をして晃輝がなにかを呟いた。
「え……?」

 首をかしげて彼を見ると、一瞬彼が違う誰かの面影が重なったように感じた。その人も芽衣がよく知る人物で……。

「晃輝さん、その約束……」 

 呼びかけると、彼は瞬きを繰り返し深い深呼吸をした。

「いや、なんでもない。なんでもないが……。みおさんは、俺が生まれる前に亡くなっているはずだ。会ったことがないのに、こんな気持ちになるのが不思議だな。彼女に関する資料はほかにはなかったの?」

「マスターがご実家から持ちかえったのは、これだけです……」

 その時、手記が入った箱の底が二重になっていることに気がついた。

「あれ? まだなにかありますね」

 下に隠されるように保管されていたの一枚の写真と葉書、それと手紙が一通。

 写真の裏には日付と文字が書かれている。

《大正五年八月吉日、うみかぜにて。大谷武志衣笠みお》

 裏返してそこに写る人物に、芽衣は言葉を失った。

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