エリート海上自衛官の最上愛
 晃輝がため息をついた。

「そんな言葉を鵜呑みにして……次の休みに案内してくれと誘われただろう? 芽衣、いいか? あれをナンパと言うんだ。ああいうのはたとえ相手が客でも一切無視をするように」

 厳しい顔でそう言う彼に、芽衣は首を横に振った。

「そんなことできないよ。防衛大の学生さんだよ? 休みの日くらい美味しいものをたくさん食べて気持ちよく過ごしてもらいたいじゃない。ちょっとした冗談くらいで目くじら立てたくないよ。晃輝さんの後輩になるかもしれないんだから。それに皆さん『結婚してるからそれはできません』って言えば、すぐに納得してくれるよ」

 結婚してからも芽衣は変わらずうみかぜで働いていて、将来はマスターの後を継ぐことになっている。そのマスターの気持ちが最近はよくわかるようになってきた。

 うみかぜに来る若い自衛官や防衛大学校の学生たちは、将来のこの国に欠かせない人材だ。たくさん食べて健康でいてほしい。近頃は、女性の自衛官も食べにきてくれるようになったのが嬉しかった。

 芽衣もマスターのように皆に『おかえり』と言って、迎えられる日も近いと思っている。

「その芽衣の気持ちはありがたい。現役隊員として礼を言うよ。でもナンパやよくない声かけとは別問題だ。既婚者であることをはっきり言うのは有効な手段だが、夫は海自の現役だと付け足すともっといい。もう二度と変なことは言わないだろう」

 真面目な顔をして無茶を言う晃輝に、芽衣は呆れてため息をついた。

「晃輝さん……。そういうのほかのお客さんたちに言ってないよね」

「言ってない」

 言い切る彼を信用していないわけではないけれど、あることを思い出して、芽衣はジロリと彼を睨んだ。

「本当に? 皆さんからの私の呼び方が変わったのは、晃輝さんがなにか言ったからじゃない?」

 結婚式を挙げてから、客たちの芽衣に対する呼び方が『芽衣ちゃん』から『芽衣さん』に変わったのだ。

 結婚したことで、もう"ちゃん"と呼ばれる立場ではなくなったからだろう、と理解していたが、彼のこの様子を見ると無関係ではないのかもしれない。

「俺はなにも言っていない。すべて彼らの判断だ。でも上官の妻をさん付けで呼ぶのは普通だと思うよ」

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