エリート海上自衛官の最上愛
 その気遣いは、芽衣にとってはありがたかった。よく知らない男性と飲食店に入るということ自体を、今はまだ少し怖いと思うからだ。

 彼は、ホテルで嫌な思いをさせられたあのチーフとは違うと、頭ではわかっているのだが、恐怖が胸に焼きついてしまっている。

 とはいえ彼の話というのがなんなのか、内容が分からなくて、それについては不安だった。 

 向かい合わせに座った晃輝がやや言いにくそうに口を開いた。

「込み入ったことを尋ねるから、言いたくなければ拒否してもらって大丈夫です。……秋月さんはどうして父の店で働くことになったんですか? 俺が演習に出る前は父が人を雇う素振りはなかったから、少し不思議に思って」

 つまり彼は、芽衣がうみかぜで働くことについて、やや不信感を持っているのだろう。
 当然だ、と芽衣は思う。

 うみかぜはずっとマスターひとりで切り盛りしてきたのに、素性のよくわからない女性がいきなり働き出したのだから。直接聞くことはできなくても、父が心配なのだろう。

「いや、不快に思われたら申し訳ない。やっぱり父の方に聞きます。本来はそうするべきだ」

 芽衣がすぐに答えられなかったことを拒否と捉えたのか、晃輝がそう言って首を横に振った。

「不快ではありません、大丈夫です」

 慌てて芽衣は彼の言葉を遮った。

『父の方へ聞く』と彼は言うが、おそらくはそうしないだろうということは、マスターから話を聞いている芽衣には予想できる。芽衣にとって恩人とも言えるマスターが変な誤解をされたままでは嫌だった。

 きちんと説明しなくては。

「私、前の仕事を辞めて、困っているところをマスターに助けてもらったんです」

「……助けてもらった?」

 聞き返されて躊躇する。彼に納得してもらうため、働くことになった経緯を説明するといっても、どこからどこまで言うべきなのだろう?

 退職することになった事情は、誰にも話したことがない。そうできないほど思い出したくない出来事だからだ。

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