エリート海上自衛官の最上愛
 でもその話抜きで納得してもらえるのだろうか?

「その……」

 考えながら言い淀む。

 膝の上に置いた手をギュッと握って心に決める。目を伏せて頭の中を整理しながら口を開いた。

「私、前はホテルの厨房で働いていました。調理師学校を出て六年勤めましたから、まだまだですが免許と基礎はできております。だからマスターにも厨房に入れてもらえるんです」

 とりあえずなんの資格も経験もなくうみかぜの厨房に入っているわけではないと説明する。もちろんそれでは説明不足。なぜうみかぜで働くことになったのかの理由にはなっていない。

 上目遣いに晃輝を見ると、彼は静かな眼差しで芽衣の言葉を待っている。その視線に、どうしてかほんの少し不安な気持ちが落ち着いた。この人になら話をしても大丈夫そうだという思いが頭に浮かんだ。

「ホテルを辞めることになったのは、人間関係がうまくいかなくなったからなんです。その……チーフと揉めてしまって」

「チーフ、ということは上司?」

「はい、その……。仕事だからと言われて、勤務時間後に残ったり、休日にお会いしたりする機会があったのですが。それを……その……個人的に付き合っていると誤解されたみたいで……」

 はっきりとは言えなかったが、セクハラに近い行為があったのだということは伝わったようだ。晃輝の目元が厳しくなった。

 芽衣はなるべく冷静に説明する。

「誤解されてると気がついたので、私は仕事でお会いしていたんですときちんとお伝えしたのですが。そしたら……」

 そこで芽衣は言葉を切った。

 少し声が震えてしまう。あの時の、怖かった気持ちが蘇り、目の奥が熱くなった。

「つ、次の日から仕事場で調理させてもらえなくなりました。私がチーフに個人的な関係をもちかけて、昇進しようとしたって噂を流されて……辞めるしかなくなって……」

 堪えきれずに溢れた涙が頬を伝う。

 泣いてはダメだと自分自身に言い聞かせながら、芽衣は一生懸命話し続ける。

「料理をするのが怖くなっていたんです。なにを食べても美味しく感じなくて。もう田舎に帰ろうかなって思っていた時、偶然うみかぜに立ち寄ったんです。マスターが出してくれたお味噌汁が美味しくて、このお店ならまた仕事が好きだった自分に戻れるかもしれない、私が料理の仕事を続けるには、それしか道はないって思ったんです。それでマスターにうみかぜで働かせてほしいってお願いしたんです」

 うつむいたまま、最後まで言い切って、息を吐き、頬の涙を手で拭う。

「すみません、泣いてしまって……」

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