エリート海上自衛官の最上愛
 観光はできなくても港町の街並みを実際に見られると考えるだけで胸が躍る。

「どこの国の景色が一番素敵でしたか?」

「うーん、どこも甲乙つけ難いけど、俺はどちらかというと街並みより海を見てることの方が多いかな。海は、繋がっているはずなのに、地域によって全然色が違うから、いつまでも見ていられる」

 嬉しそうに目を細めて晃輝が言う。

 その言葉に芽衣は一瞬ドキッとする。言うまでもなく苦手な海の話が出たからだ。いつもならここで、さりげなく話題を変えなくてはと少し焦る。けれど今はそうしなかった。

「だから、街並みよりも海を見ていることが多いかな」

 今まで見た海を思い出しているのだろう。

 綺麗な目でそう語る彼を見ていると、どうしてか話の続きをもっと聞きたいと思う自分がいる。

「どこの国が一番印象的でした?」

「そうだな……ドバイかな? とにかく暑い。それから景色が異次元だ。砂漠の中に巨大な人工物がそびえ立っている様子が映画みたいで……」

 落ち着いた低い声で語る晃輝の話に、芽衣は耳を傾ける。きっと自分は一生行くことはできない外国の話に胸がときめいた。

「やっぱりお仕事だとしても羨ましい。現地の人とは……」

 と、そこであることを思い出して言葉を切った。

「……すみません、お仕事のことってあんまり聞いちゃいけないんですよね」

 国防を担う海上自衛隊の仕事はすべてが重要機密事項。

 場合によってはスケジュールを家族に伝えることさえもできないのだと以前マスターが言っていた。

 昨日今日知り合ったばかりの芽衣が聞いていいことではない。

「機密事項は口にしてないから大丈夫だよ」

 晃輝が穏やかに笑って首を横に振った。

「景色と気温の話ばかりで、面白くないだろうけど」

「そんなことないです。私海外には行ったことなくて……だけどずっと行ってみたいなと思っていたので、お話を聞かせてもらって楽しかったです。お店から一歩も出てないのに、世界中をクルーズした気分です。なんか得しちゃった」

 そう言って芽衣はふふっと笑ってしまう。
 晃輝が切れ長の目を見開いてフリーズした。

「……どうかしました?」

 芽衣が首を傾げると、咳払いをして水を飲んだ。

「いや……だったらいいけど」

 そこへマスターがふたり分の生姜焼き定食を持って戻ってきた。

「ちょうどお客さんいないし、芽衣ちゃんも晃輝と一緒に食べなさい。俺ちょっと裏で在庫確認してるから、何かあったら呼んでくれ」

「ありがとうございます」

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