エリート海上自衛官の最上愛
 スウィートルームに滞在するような人はルームサービスで食事することが多いのだが、彼はそうはせずレストランに下りてきて芽衣に給仕のようなことをさせた。そして部屋へ来ないかとしつこく誘ったのだ。

 その時、男性の先輩から言われたことだった。

 仕事柄、酒が入った客の対応をすることだってあるのだから、適当にあしらえるようになれ、と。

 その時のことを思い出して、芽衣は暗い気持ちになる。けれど。

「いや、それは違うだろう」

 晃輝がキッパリと言い切った。

「秋月さんは調理のプロだろう? 今はホールの仕事も兼ねているから、客に気持ちよく食事をしてもらうことに気を配ることも必要だ。だが、酒の入った客の相手までは必要ない。これからもああいう時は、俺か親父が必ず間に入るから」

 その言葉に、芽衣の胸が熱くなった。
 こうやって彼に励まされるのは、もう何度目だろう。

 はじめから彼は芽衣の仕事を尊重してくれる。料理人の中で過ごしていた六年間の中で、誰からも言われなかった言葉をくれるのだ。

「嬉しいです。ありがとうございます」

 晃輝が再び、申し訳なさそうな表情になった。

「ただ、できれば今夜の隊員たちの振る舞いをあまり悪く思わないでくれるとありがたい。海自の隊員は熱くるしいくらいの仕事人間ばかりで。イベントは自衛隊の仕事を一般の方に知ってもらう貴重な機会だから、つい熱心に誘ってしまったんだろう」

「大丈夫です。ちょっと困っただけで、嫌だとは思いませんでした」

 無理をしているわけではない、芽衣の本心だ。自分の仕事が大好きでもっと皆に知ってもらいたい気持ちは、芽衣にもよくわかる。芽衣も料理のことになるとつい口が止まらなくなってしまうのはいつものことだ。

「皆さんと私が変な雰囲気になる前に、うまく間に入ってくださってありがたかったです」

 晃輝が止めてくれたから、芽衣と客たちの間に嫌な感情はまったくなく話を終えることができたのだ。あのまま自力でそれができたかどうかは……。正直言って自信がない。

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