エリート海上自衛官の最上愛
「よかった、ありがとう」

 少し照れくさそうなその顔は、はじめて見る表情だった。

 二日前に、すでに気持ちは伝わっていたとはいえ、きちんと言葉にするのとは全然違う。改めて気持ちが通じ合った嬉しさが心の中に広がった。

「帰ろうか」

 ふたり、また歩き出す。いつもの道、いつもの景色のはずなのに、芽衣にはまるで世界が変わったように思えた。

「久しぶりに緊張したな」

 歩きながら、ふうっと息を吐いて晃輝が言う。その呟きは、芽衣にとっては少し意外だった。年上で素敵な人だから、忙しい立場だということを考慮してもそれなりに恋愛経験はあったはず。今さら七つも年下の芽衣に付き合ってほしいと言うくらいなんでもなさそうなのに。

 思わず芽衣は本音を口にする。

「晃輝さんでも緊張するんですね……」

「そりゃあするよ。好きな人に想いを伝えるんだから。こういうのは、いつまでたっても慣れるってことはないんじゃないか?」

 同意を求められても、芽衣にはよくわからなかった。

 確かにさっきは心臓が口から飛び出そうなほど緊張したが、そもそもそれは、芽衣にとってまったくはじめての経験だからだ。

「えーっと……」

 なんと答えればいいからわからなくて口ごもる。とはいえ、付き合うならばいずれはわかってしまうことだと、覚悟を決めて芽衣は事実を口にする。

「わかりません……。私、彼氏ができるの……はじめてで」

 学生時代に、付き合ってほしいと言われたことは何度もある。けれど、残念ながら芽衣の方は相手を好きだったというわけではなかった。だからこういう場面でもここまで緊張することはなかったのだ。

 言い終えて恐る恐る晃輝を見ると、彼は驚いたように眉を上げてフリーズしている。

「す、すみません……」

 いくらなんでも二十六にもなって全然経験がないなんて、と呆れられただろうか。慌てて芽衣は言い訳をする。

「私、学生時代は学費のためにバイトばかりしてたんです。働きだしてからは……」

「いや、謝る必要はない」

 芽衣の言葉を晃輝が遮った。

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