エリート海上自衛官の最上愛
 クイーンマリア号は歴史に残る海難事故だと言われている。

 その原因を巡っては、未だ議論が交わされていて犠牲者に対する保障も完全には終わっていない。ネットなどで話題になるたびに、芽衣は目を背けている。

 その現場に、まさか晃輝がいたなんて……。

 鼓動が嫌なリズムを刻み出す。彼の乗っていた船が事故に遭ったわけではないと、芽衣は自分自身に言い聞かせる。

 けれど海上での救助活動ならば、相当な危険が伴うことは想像に難くない。彼が無事に帰国してこうしてここにいることすら、芽衣にとっては奇跡と思えるくらいだった。

 ——彼の仕事は一年の半分以上は海の上にいる常に危険と隣り合わせの仕事なのだ。

 それを今、改めて実感して芽衣の中のどこかふわふわしていた気持ちが一気に冷えていく。前回はなにもなかったからといって、今日もこれからも大丈夫だとは限らない。

 海は突然牙を剥く。

 両親が亡くなった時もそうだったじゃないか。

 彼と付き合うということは、海にいる彼を待つということで……。

「芽衣!」

 直哉の声を聞いたと同時に、芽衣の手から盆が滑り落ちる。バーンという派手な音と共に、その場に倒れそうになるのを直哉に受け止められた。

「芽衣、大丈夫か⁉︎」

「……大丈夫、直くんごめん」

 一瞬世界が白くなったけれど、今は誰に話かけられているのかはっきりとわかる。直哉の腕を掴み身体を支えて芽衣は答える。

「ちょっと立ちくらみがしただけ」

「立ちくらみだけじゃないだろう!」

 長い付き合いで、芽衣の過去を知っている彼には、今の芽衣の心中などお見通しなのだろう。

 普段なら、苦手な話題を耳にしても、さりげなくその場を離れ聞かないようにするのに、それができなかったのは他でもない晃輝にかかわることだったからだ。

「芽衣。どうした⁉︎ 大丈夫か?」

 ひと呼吸遅れて晃輝がそばに来て、芽衣を支える。

 大きな手が優しく芽衣に触れる。

 自分を見つめる心配そうな瞳に、芽衣の胸が締め付けられた。少し前に気がついていながら、見ないふりをした不安の蓋が開いて、気持ちが一気に溢れ出る。

 彼のこの手の温もりを大切だと思えば思うほど、芽衣の不安は大きくなる。明日にでも失ってしまうかもしれないという恐怖に苛まれるのだ。

「芽衣ちゃん、大丈夫か。……少し疲れたのかもしらん。今日はもう上がりなさい」

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