エリート海上自衛官の最上愛
「衣笠家は海上自衛官一家だからな。そういう意味では上層部のお前に対する期待も大きい。プレッシャーもあるだろうによくやってるよ」

「ありがとうございます」

 上官用の個室の前まで来てふたりは足を止めた。

「しかしお前が、こんな年になるなんてな。俺も歳をとるはずだ」

 上官が目を細めて懐かしそうにそう言った。父が彼を家に連れてきていた頃はよく遊んでもらった。晃輝にとっては年の離れた兄のような存在だ。

「お嬢さんも大きくなられたでしょう。おいくつになられました?」

 ふと思い出して晃輝は尋ねる。

 彼には一人娘がいる。確か幼稚園の頃に会ったきりだが……。

「もう高校生だ。小さい頃は俺が仕事に行くたびに泣いて泣いて仕方がなかったのに、今じゃなんにも言わないよ」

 情けなそうに上官は言った。

『泣いて泣いて』という言葉に、自分の時もそうだったと晃輝は小さい頃を懐かしく思い出す。

 小学校低学年の頃までは父が出航した日の夜は泣いて眠りについたのだ。

 成長するにつれてそのようなことがなくなったのは、晃樹の場合慣れたというのに加えて、父親の仕事が重要なものだということを理解するようになるからだろう。

「今回なんか見送りにも出てこなかったよ……」

「まぁ、今回の航海が短いのは娘さんもわかっているからでしょう」

 やや大袈裟に肩を落とす上官に、彼がひとり娘を溺愛しているの思い出し、晃輝は苦笑しながら答えた。

「どうかな、うちのやつなんて、あまり長い期間家にいると、今度の就航はいつになるのかと何度も聞いてくるよ。……定年後が恐ろしいな」

 上官はからからと笑って、晃輝の肩を叩いた。

「お前もそろそろいい歳だ。俺が制服でいられるうちに、結婚式に出席させてくれ」

「それは……ご期待に添えるかどうか微妙ですね」

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