エリート海上自衛官の最上愛
 気まずい気持ちで答えると、上官が声を落とした。

「衣笠さんは、お前は一生家族を持たないんじゃないかと心配していたな。お前なら相手に困ることはないだろうに。……やっぱりお母さまが亡くなった時のことが気にかかるか?」

 彼は母が亡くなった時のこと、その後の晃輝と父の関係を知っている。

 この年まで独身だというのが、晃輝自身の意思でもあるということに気がついているのだろう。

「そうですね。関係ないといえば嘘になります。あの時は帰ってこない父を恨みましたから。自分が結婚すれば相手に同じ思いをさせるかもしれないと思うと、気が進まなかったのは事実です」

 率直な思いを答えると、上官が意外そうに眉を上げる。

 水を向けておきながら晃輝が真っ向から答えるとは思っていなかったようだ。

 実際、彼との間でこの話題がのぼるのはもう何度目かになる。そのたびに晃輝は"そんなことはない、ただ相手がいないだけ"と言って誤魔化していた。

「一年の半分を海の上で過ごす仕事に就いている自分が家族を望むことは、身勝手だと思うくらいです」

 幼い頃から知っている相手で、防衛大を受験すると決めた時は、父の代わりに相談に乗ってもらったということもあり、晃輝は少し迷いを口にする。

 上官が、おっという顔になった。ここまで踏み込んだことを言うくらいなのだ。そういうことを考える相手がいるということに気がついたのかもしれない。

「身勝手か」

「他の方がそうだと言っているわけではありません。私自身の気持ちの問題です」

「わかってるよ。……だが、だからこそ家族の存在は励みになる。そういうもんじゃないか? 大切な家族の平穏な生活を守るためだと思うと、日々の職務により一層身が入る」

 それについては納得だ。

 家庭を持っていない晃輝でも陸にいて、一般の人たちの生活を目にすると、この暮らしを守るために、自分たちは存在するのだという思いを新たにする。
 でもそれはあくまでも晃輝の側の話だ。

「私たちはそうですが、家族にとってはどうでしょう? 自分だけのことならば、どんなに厳しい状況も耐えうる自信がありますが」

< 95 / 182 >

この作品をシェア

pagetop