エリート海上自衛官の最上愛
「坂を下りてきてたってことは、どこかへ行く途中だったのか?」

 晃輝のマンションのリビングにて、目の前のテーブルにコーヒーを置いて晃輝が芽衣の問いかける。

「スーパーに行こうと思ってて」

 晃輝からのメッセージに芽衣が返信した後、ふたりは、晃輝のマンションで会うことになったのである。ちょうど芽衣が坂を下りてきていたからだ。外のカフェでは人目につくし、込み入った話はできない。

 どういう内容になるかわからない中、ずっと冷静でいられるかどうか自信がなかった芽衣にとってはその方がありがたかった。

 リビングの海側の窓は、芽衣がここへ来た時からカーテンがぴたりと閉められている。おそらくその向こうは海が広がっているのだろう。直哉から、芽衣の両親の話を聞いたと言っていた晃輝の配慮だ。そう思うと申し訳なくて胸が痛んだ。

 彼は海の上を仕事場としている人なのに。
 晃輝が、コーナーソファの斜向かいに腰を下ろす。

 芽衣は膝に置いた手に視線を落とした。

「両親のこと、黙っていてごめんなさい」

 芽衣は声を絞り出した。改めて考えると、先に言っておくべきだったと思う。

 彼の方は事前に自分の仕事内容をしっかりと伝えてくれた。

 その上で付き合うかどうかを決めさせてくれたのに、芽衣の方は大切なことを黙っていたのだ。
 
 意図的ではなかったとはいえ、彼の方からしてみれば騙されたと思っても仕方がない。

「謝る必要はない。簡単に口にできることではないだろう? 俺の方こそ知らなかったとはいえ、イベントに呼んだりして悪かった」

 晃輝が眉を寄せ、苦しげに言った。

「晃輝さんのせいではありません。参加することに決めたのは私です」

「だが……つらかったんじゃないか? 海に近い場所というだけでなく、あの日は艦船が停泊していたし」

 心配そうに彼は言うが、本当にあの日は大丈夫だった。

 彼の仕事を知るのが楽しくて、制服姿の彼に胸をときめかせたのだ。

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