ママとわたしの食卓
キャンディー-Bone-
コリコリと、甘いキャンディーを噛む。
少し先を齧った枝はジャムに包まれて、その中から取り出したキャンディーを舐める。舌の上で転がすと、喉から鼻へ抜ける甘い香り。その甘さに、少し奥歯が痛む。
キャンディーを舌で玩ぶたびに、口の中にじんわりと唾液が溜まって、それがキャンディーを溶かす幻想を抱く。
奥歯で強く噛締めると、キャンディーの表面が少し剥がれ落ちて喉の奥に消えていく。思いっきり噛締めたい衝動を堪えながら、いつまでも消えないキャンディーを舐め続ける。
床に寝転がって、喉に詰まらせる恐怖に快楽を得ながら。
前歯の裏に擦りつけて、頬の奥に仕舞い込んで、いつまでも。
――おいしい、おいしい。
まだ生えない親知らずを包む歯茎の上にキャンディーを置いて、ぎゅうっと噛み締める。ピンクの肉に押しつけられて、心地良い痛みに甘える。
素足にフローリングが冷たくて、固い床が後頭部と肩甲骨に痛みを教えてくる。
横になった私はキャンディーを舐め回しながら、夢想する。赤く甘い匂いの立ち込める部屋で恍惚。濡れた口から粘着質な液体が糸を引きながら垂れていく。
仰向けに寝転がって大声で笑いたい衝動。喉の奥に転がり込むキャンディーに、私は殺されたいような、死にたくないような。
こりこりと、キャンディーが歯に喰まれる。とても齧ってしまえないキャンディー。それを飲み込んでしまいたい。例え喉に詰まらせようとも。
誘惑に負け、唇を開きかけたその瞬間。静寂を破る音が鳴り響いた。
プルルルルルルルル
私の愉しみを邪魔する音に、私は身動きがとれなくなる。
恍惚の部屋に響く電子音。日常からの呼び出し。
非日常から日常へ帰還することを拒む私は、両目を瞑り両耳を塞ぐ。唾液にまみれた髪が腕に絡みついて、閉ざされた頭蓋の中でキャンディーを噛む音が響く。
プルルルルルルルル
けれど、どんなに強く耳を押えても耳を完全に塞ぐことは出来ない。
キャンディーを噛締めるごりごりという音の向こうから響くコール音。私は頭蓋が軋むほど強く耳をおさえ、電話の音から意識を逸らそうとする。
プルルッ――……
不意に音は止み、代わりに留守番電話が機能する。ピーッという発信音の後に入れられる、誰かのメッセージ。
スピーカーが喋り出す。
手のひらの向こうから途切れ途切れに聞こえる声。手が震える。何を言っているか分からない。理解できなくて、でも震えは止まらない。
赤い香りと恍惚によって締め出されたはずの日常が侵蝕をはじめようとする。
私はそれを払い除けるように震える。震えるしか出来なかった。
――やだ、やめて。
甘い匂いが消えていく様。
甘い甘いジャム。私だけの赤。パイの中身。一欠片のキャンディー。私だけのジャム。私だけの赤。誰にも奪わせない。誰にもあげないの。私だけ。
なのに声はそれを奪おうとする。日常が侵蝕して、私から全てを奪おうとする。誰にも渡したくなくて、私は息継ぎをするように口を開く。
金魚のように、私は酸素を求める。
天井に向かって開かれた口は捕えていたキャンディーを手放し、それは喉の奥に落ちて行く。そして、それは予想に反してするりと喉の奥に消えていった。
投げ出した足が何かを絡み取り、私は足を引き寄せ体を丸める。足に絡みついたコードが透明なプラスチックの破片を散らして引き寄せられ、電話は沈黙した。
少し先を齧った枝はジャムに包まれて、その中から取り出したキャンディーを舐める。舌の上で転がすと、喉から鼻へ抜ける甘い香り。その甘さに、少し奥歯が痛む。
キャンディーを舌で玩ぶたびに、口の中にじんわりと唾液が溜まって、それがキャンディーを溶かす幻想を抱く。
奥歯で強く噛締めると、キャンディーの表面が少し剥がれ落ちて喉の奥に消えていく。思いっきり噛締めたい衝動を堪えながら、いつまでも消えないキャンディーを舐め続ける。
床に寝転がって、喉に詰まらせる恐怖に快楽を得ながら。
前歯の裏に擦りつけて、頬の奥に仕舞い込んで、いつまでも。
――おいしい、おいしい。
まだ生えない親知らずを包む歯茎の上にキャンディーを置いて、ぎゅうっと噛み締める。ピンクの肉に押しつけられて、心地良い痛みに甘える。
素足にフローリングが冷たくて、固い床が後頭部と肩甲骨に痛みを教えてくる。
横になった私はキャンディーを舐め回しながら、夢想する。赤く甘い匂いの立ち込める部屋で恍惚。濡れた口から粘着質な液体が糸を引きながら垂れていく。
仰向けに寝転がって大声で笑いたい衝動。喉の奥に転がり込むキャンディーに、私は殺されたいような、死にたくないような。
こりこりと、キャンディーが歯に喰まれる。とても齧ってしまえないキャンディー。それを飲み込んでしまいたい。例え喉に詰まらせようとも。
誘惑に負け、唇を開きかけたその瞬間。静寂を破る音が鳴り響いた。
プルルルルルルルル
私の愉しみを邪魔する音に、私は身動きがとれなくなる。
恍惚の部屋に響く電子音。日常からの呼び出し。
非日常から日常へ帰還することを拒む私は、両目を瞑り両耳を塞ぐ。唾液にまみれた髪が腕に絡みついて、閉ざされた頭蓋の中でキャンディーを噛む音が響く。
プルルルルルルルル
けれど、どんなに強く耳を押えても耳を完全に塞ぐことは出来ない。
キャンディーを噛締めるごりごりという音の向こうから響くコール音。私は頭蓋が軋むほど強く耳をおさえ、電話の音から意識を逸らそうとする。
プルルッ――……
不意に音は止み、代わりに留守番電話が機能する。ピーッという発信音の後に入れられる、誰かのメッセージ。
スピーカーが喋り出す。
手のひらの向こうから途切れ途切れに聞こえる声。手が震える。何を言っているか分からない。理解できなくて、でも震えは止まらない。
赤い香りと恍惚によって締め出されたはずの日常が侵蝕をはじめようとする。
私はそれを払い除けるように震える。震えるしか出来なかった。
――やだ、やめて。
甘い匂いが消えていく様。
甘い甘いジャム。私だけの赤。パイの中身。一欠片のキャンディー。私だけのジャム。私だけの赤。誰にも奪わせない。誰にもあげないの。私だけ。
なのに声はそれを奪おうとする。日常が侵蝕して、私から全てを奪おうとする。誰にも渡したくなくて、私は息継ぎをするように口を開く。
金魚のように、私は酸素を求める。
天井に向かって開かれた口は捕えていたキャンディーを手放し、それは喉の奥に落ちて行く。そして、それは予想に反してするりと喉の奥に消えていった。
投げ出した足が何かを絡み取り、私は足を引き寄せ体を丸める。足に絡みついたコードが透明なプラスチックの破片を散らして引き寄せられ、電話は沈黙した。