人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
だが、当の本人はといえば、ベールで表情は見えないものの、私の予想した通りなんともないというように穏やかな雰囲気を漂わせている。

この心無い貴族たちの言葉に、苛立ちを感じたのはむしろ私の方だ。

 ……アリシア様がこのように言われる筋合いはない。特にマティルデ様と比べられて貶められるなんて我慢ならない。

腹の底から怒りが込み上げてきて、居ても立っても居られず、私は上座の方へ歩き出した。

そしてアリシア様が座る椅子の前まで来ると、その場で膝をついて手を差し出す。

「……ロイド?」

「アリシア様、私と踊って頂けますか?」

「えっ?」

一瞬目を見開いたアリシア様だったが、私がじっとベール越しに顔を見つめていると、ふふっと小さく笑った。

「ええ、喜んで」

そう答えた声には明るい響きがあり、表情は見えないが、あの美しい顔に微笑みを浮かべているのだろうと感じた。

 ……今、アリシア様の笑った顔が見られないのが残念で仕方ない。きっとこの場にいる誰よりも美しいはずなのに。

アリシア様を馬鹿にしていた貴族たちに見せつけてやりたいものだと思ったが、同時に自分以外の者には見せたくないという矛盾した気持ちにも襲われた。

私はどうやらなかなかに独占欲が強いらしい。

この方はエドワード様の婚約者で、将来のこの国の王太子妃――決して独占などできる相手ではないというのに。

そんな現実に身を焦がしていると、手に柔らかい感触を感じた。

差し出していた私の手にアリシア様が手を重ねたのだ。

この約半年、アリシア様とは何度となく向き合い言葉を交わしてきたが、こうして体に触れるのは初めてだった。

私は立ち上がり、そのままアリシア様の手を引いてダンスフロアへ(いざな)う。

その場にいる多くの貴族たちの驚いたような視線が痛いくらい突き刺さった。

エドワード様がマティルデ様と踊っているため、王位継承権第2位である私がアリシア様にダンスを申し込むのは決して無作法なことではない。

おそらく貴族たちが驚いているのは、私が女性とダンスを踊るという点だろう。

なにしろここ数年、私はすべてダンスの誘いを断っていて、公の場で踊ってすらいないからだ。

「すごく見られているわね。やっぱりロイドは人目を引くし、注目されているのね」

「それはアリシア様も同じですよ」

ダンスフロアに向かって歩きながら、他の人には聞こえない大きさの声で私たちは言葉を交わす。

小声で話しているため、その距離はいつもより近かった。

「ふふっ、私の場合はみんな物珍しがっているだけよ。あと見定めでしょうね。それにしても公の場でダンスなんて初めてだわ」

「私も数年ぶりですよ」

「あら? そうなの? ロイドならいつもたくさん女性から誘われるでしょうに」

「今まで踊りたいと思う女性なんていませんでしたから」

ベール越しに見つめると、アリシア様はわずかに動揺したような様子を見せた。

気持ちを伝えることは叶わないのに、自分の言葉が届いているように感じて少し気持ちが上向きになる。

無意識に口角に笑みを浮かべると、ダンスフロアに着いた私はアリシア様の腰を引き寄せた。
< 113 / 163 >

この作品をシェア

pagetop