人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
触れたところからは、じんわりと体温を感じる。

もちろんダンス中だからということもあるだろうが、アリシア様も私に触れられるのを厭う様子はなく、身を預けてくれている。

「ふふっ。楽しいわね。人前でこんなに堂々と楽しんでいるのなんて本当に初めてだわ」

アリシア様の弾むような声が聞こえてきて、ベールで顔が隠れているのが残念でならない気持ちになった。

この距離感でアリシア様の綻ぶ笑顔を見ながら踊りたい。

「でも夢のような時間はもうすぐ終わりね。まるでシンデレラの魔法が解けるみたい……」

アリシア様がポツリと呟いた”シンデレラ”という単語が何のことかは分からなかったが、言いたいことは痛いほど分かった。

もう二曲目が終わろうとしているのだ。

貴族の常識としては、同じ相手と三曲連続で踊ることは特別な意味を持つ。

婚約者、夫婦などの間柄であることを指す。

つまり、私とアリシア様では踊ることができないのだ。

 ……もう少し、もう少しだけ。

そんな想いも虚しく、無情にも音楽が鳴り止み二曲目は終わりを迎えてしまった。

同時に私たちの体も離れ、感じていた体温は遠ざかっていく。

そして踊り終わるのを待ち構えていたように、私はたちまち複数のご令嬢に囲まれてしまった。

「ロイド様、私とも踊ってください」
「いいえ、ぜひわたくしと!」
「わたくしが先ですわ!」
「私はずっとロイド様と踊れる日を夢見てましたのよ!」

長年踊らなかった私がアリシア様と踊ったことで、これはチャンスと勝手に解釈した女たちがギラギラした目で詰め寄せてきたのだ。

アリシア様はその様子を見て状況を素早く察すると、「私のことは気にしないで」と言わんばかりに一人でそそくさと上座へと引き上げて行ってしまった。

先程までの時間はまるで幻だったかのような現実に、私はため息を吐かずにはいられなかった。


◇◇◇

「ブライトウェル公爵は、あいかわらず女性に大人気ですな。それほどの器量を持ち合わせておられるのですから全く不思議ではないですがな」

ようやく面倒な女たちを振り切り、舞踏会の会場を抜け出して人気(ひとけ)のない庭に逃げてきた私は、突然背後から男に話しかけられた。

聞き覚えるある野太い声に「もしや」と思いながら振り返ると、案の定だ。

そこには歴戦の猛者であることを物語るような厳つい面持ちに、鍛え抜かれた体を誇る40歳過ぎの男がいた。

反乱の首謀者として警戒しているノランド辺境伯だった。
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