人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
言われなくてもそのつもりの私は、当たり前のように頷いた。

頼まれても近づきたくないとすら思ってしまう。

「こちらが王女殿下の離宮です。あとから届くお荷物やお連れの使用人用のスペースも十分にございますので、ご自由にお使いください」

「あとから届く荷物はないし、あとから来る使用人もいないわ。今回荷物用の馬車に積んできたものがすべてよ。使用人もこちらの侍女1人だわ」

「は? これだけですか……?」

「ええ、そうよ」

前世での貧乏癖が抜けなくてもともと荷物が少ない上に、心を許せる使用人が少ない私にとっては当たり前だったが、一般的な貴族令嬢としてはイレギュラーなのは自覚している。

普通は移動の馬車では積みきれずに、あとから荷物だけが届くし、使用人も5人以上は帯同するものだ。

だから侯爵子息として、身近に貴族令嬢を知るアランが驚くのも無理ないだろう。

だが、目をぱちくりしているアランを無視して、私は話を進めることにした。


「このあと、王族の皆様への挨拶などはどうすればいいかしら?」

「お部屋で着替えて頂いたあと、私がご案内いたします。陛下は静養のため、王宮にはいらっしゃいません。ですので、挨拶して頂くのは王太子殿下のみでございます」

ユルラシア王国の国王が静養しているなんて初耳だった。

アランの説明によると、リズベルト王国との戦争が終わった直後に王妃が他界し、心を痛めた国王も静養が必要な状態に陥ったそうだ。

リズベルト王国が降伏し、同盟という形になったのも、どうやらユルラシア王国側の王族にも不測の事態が起き、これ以上侵攻できなかったという事情があるようだ。

ということは、つまり現在は王太子がすべての政務を代行しているということなのだろう。


「……そんなこの国の事情を私に話しても良かったのかしら?」

「ええ、王女殿下は今日から我が国の王太子殿下の婚約者で、将来の王太子妃でいらっしゃいますから。それに王宮にいれば、遅かれ早かれ耳に入るでしょう」

「確かにそうね」

「では、そういうことで、お着替えがお済みの頃にまた伺います。そうですね、3時間後くらいでしょうか?」

「いえ、30分後でいいわ」

「は? 30分後……?」


またしてもアランは予想外のことに目を瞬かせている。

貴族女性の身支度には大変な時間がかかるものだから、あまりに短くて驚いたのだろう。

サッサと挨拶を済ませて部屋で休みたい私は、一息つく時間も含まずに着替えるだけの最短の時間を伝えたのだ。

幸いにもベールを被っているのでお化粧も最低限で良いという時短テクニックもあった。
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