人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
あろうことかマティルデ様を引き合いに出しつつ、エドワード殿下はまた少し私の方へ距離を詰めてくる。

一気に全身から鳥肌が立った。

「ご、ご用件は……」

「用件は結婚式のことだ。臣下から急かされて君の国から列席する者の確認をしに来たのだが、それももうどうでも良い。君の顔を見て気が変わった。そんなことよりも、せっかくだから私たちの仲を深めようじゃないか」

「いえ、臣下の方も段取りがあるでしょうから、列席者の確認をいたしましょう」

「そのように照れなくても良い。マティルデは自分からしなだれかかってくるが、君は本当に初々しい」

 ……全く照れてない! 拒否しているのが分からないのかしら? 空気が読めないというか、相手にも感情があることを全く考えていない方ね。

ものすごく人の気持ちに鈍感なうえに、身分が最上級に高いため誰も彼もが自分の思う通り動いてくれて、相手の気持ちなど慮る機会もなかったのだろう。

エドワード殿下はもちろん私の気持ちなど完全に無視して、また距離を詰めると、腕を伸ばしてきて私の肩を抱いてきた。

瞬時に体がビクッと震え、嫌悪感から小刻みに震え出す。

この腕から逃れたくて仕方なかった。

「ははは、緊張で震えるなんて可愛いなぁ。よし、前言撤回しよう。私は以前君には寵愛を与えないと告げたが、それを撤回する。今日から君にも私の寵愛を与えよう」

全く望んでいない言葉が降って来て、私はただただ困惑するばかりだ。

拒否できるならしたいが、仮にも婚約者であるし、相手はこの国の王太子だから簡単には逆らえない。

大人しく身を縮ませるしかなかった。

そして婚約関係にある王太子と王女という身分の高い者同士がいるこの閉め切られた部屋には、誰も入って来れず助けが来ないことも理解していた。

「さあ、美しい婚約者に私が愛を与えよう。今までさぞやマティルデが羨ましかったであろう?」

肩に回された腕に力がこもり、さらにエドワード殿下の方へ引き寄せられる。

そして手を私の頬に添えるようにすると、だんだんと顔が私の方へ近づいてきた。

 ……口づけ⁉︎ うそ、ちょっと待って……!

嫌だけど拒否できない状況に、思わずギュッと固く目を閉じたその時だ。

開くはずがないと思っていた寝室の扉が勢いよくバンッと大きな音をたてて開け放たれた。

さすがにこれにはエドワード殿下も驚いて手を止め、邪魔をされたことに酷く不機嫌そうに扉の方へ視線を向けた。

「なんだ。誰も入ってくるなと私は言ったはずだが?」

「大変ですっ! 反乱ですっ! 反乱軍が王宮に押し入って来て暴れております! エドワード様、早くお逃げをっ!」

「反乱軍だと⁉︎」

急ぎの連絡を伝えにきたその兵の声だけで、緊急事態であることがヒシヒシと伝わってきた。

エドワード殿下は忌々しそうにチッと舌打ちをすると、その場を立ち上がり、呼びに来たその者に続いて部屋を出て行く。

取り残された私は、エドワード殿下がいなくなったことに安堵の息を吐き出した。

 ……それにしても反乱軍だなんて。この国はどうなってしまうの……? ロイドは無事かしら……?


開け放たれた扉の外からは、怒号や悲鳴が入り混じった騒がしい音が聞こえ始めていた――。
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