人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
走るのはいいけど、このあたりの道に不慣れな私は途中から迷ってしまい、そんな私に代わり女性が口頭で逃げる方向を指示してくれた。

もうここまで来れば大丈夫だろうと思われたところで、私たちはやっと歩みを止める。

立ち止まり、はぁはぁと弾む呼吸を整えた。

「あ、あの! 助けて頂いて本当にありがとうございました!」

息の乱れが落ち着いてきた頃、女性が私に向かってガバリと頭を下げる。

私より少し年下くらいの大人しそうな雰囲気の可愛い女の子だった。

怖かったのかまだ小刻みに体が震えていて、うっすら涙目になっている。

「無事で良かったわ。怖かったでしょう? でももう大丈夫よ。安心して。仮に追いかけてきてもまた倒してあげるから」

「本当に、本当にありがとうございます! 私、怖くて何もできなくて。買い出しの途中だったんですけど、急いでいたら気付かないうちにあの道に出ちゃってて……」

「そうなのね。実は私もぼーっと歩いていたらいつの間にかあそこにいたから、あなたのその気持ちは分かるわ」

共感しつつ、ウンウンと頷いていたら、安心して気が緩んだせいか彼女の瞳からは涙が溢れ、頬を伝い出した。

もともと人との接触が少ない生活を送っていて、こんなふうに目の前で泣かれることがなかった私は「どうしよう」と焦り出す。

咄嗟に思い付いたのは「甘いモノは人を幸せにするよね」という単純な考えだ。

「ねぇ、良かったらこれでも食べない?」

さっき自分用に購入したダリオルを彼女に差し出す。

せめてもの慰めになればという思いだった。

「えっ……いいんですか?」

「どうぞ。甘いモノを食べたら少しは気持ちが落ち着くかもしれないわよ」

「ぐすっ……ありがとう、ございます……!」

彼女は私からダリオルを1つ受け取ると、口に含み幸せそうな笑顔を浮かべ、ゆっくりと味わうように食べ出した。

その姿を見て、彼女を助けてあげて良かったという気持ちが湧き起こってくる。

 ……リズベルト王国騎士団の副団長仕込みの護身術が役立ったわ。やっぱり何事も学んでおいて損はないものね。

今まで実践で使ったことがなかったのだが、その効果のほどを初めて実感した。

私が護身術を学んだのは、自国で城を抜け出して過ごしていた時のことだ。

抜け出して街に繰り出すたびに、知り合った人から色々なことを教えてもらっていた私だったが、護身術もその一環だ。

正確に言うと、護身術の場合は抜け出す時に私に同行してくれていた護衛役から教わった。

彼は騎士団の副団長であり、私の幼なじみであり、私の素顔を知る数少ない人物でもあった。

城を抜け出してこんなことをしていたから、戻った時に生傷作ったり、火傷を負ったりで、ライラには散々小言を言われたのは今となっては良い思い出だ。
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