人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
 ……あの頃、護身術以外にも色々学んだわね。懐かしいわ。どれも良い思い出ね。

私が学びに貪欲だったのは、おそらく前世の影響だと思う。

前世では貧乏で学びにお金も時間も割く余裕がなかった。

高校卒業と同時に就職し、それだけじゃ足りずに夜もバイトをして、朝から晩まで働き通しだった。

同級生が大学で学んでいる姿がやけに輝いて見えたのをよく覚えている。

そんな記憶があったからこそ、王女に転生してお金と時間がある環境下になった時、学びたいと強く思ったのだろう。

 ……まぁそれも全部抜け出している時にこっそり学んだだけで、王族として期待されていなかった私が活かす場面はなかったのだけど。だから自己満足に近いのよね。でも今回のように、あの頃に学んだ他のこともそのうち役に立つかもしれないわね。


「あ、あの、とっても美味しかったです! 本当に何から何までありがとうございました! それでもし良かったら御礼をさせてください」

頭の中でリズベルト王国での日々を振り返っていた私は、目の前の女の子の声で意識を引き戻される。

彼女はすっかり泣き止んでいて、落ち着きを取り戻しているようだった。

「御礼なんていいわよ。気にしないで?」

「いえ! それでは私の気が済みません! こんなに助けて頂いてご恩を返さないなんて父からも怒られます」

「でも本当に気にしなくていいのだけど……」

「実は私の父はこの近くで酒場を営んでいて、料理の腕が自慢なんです。美味しい料理を振る舞わせて頂けませんか?」

その提案は心惹かれるものがあった。

美味しい料理に興味がない人間なんていないと思う。

特にこの国の一般的な料理はぜひ一度食べてみたいと思っていたのだ。

彼女から「ぜひお願いします」と言い募られ、グラリと心が揺れた私は結局料理をご馳走になることになった。

近くにあるという酒場まで彼女と一緒に歩いていると、彼女がふいに質問をしてきた。

「そういえば、お名前はなんていうんですか? 私はミアです」

「私はシアよ。よろしくね」

さすがに王女の名前を名乗るわけにもいかず、私はいつもお忍びの時に使う本名をもじった偽名を伝えた。

ミアとの出会いは予想外だったが、こうしてこの国の人と交流できるのは嬉しい。

 ……ついでに国民の目から見たこの国の暮らしとか、おすすめのお店とか色々教えてもらおう!

私は再びワクワクする気分になりながら、ミアの案内で酒場への歩みを進めた。
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