人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
明日までに可能な限り多くを処理してしまおうと引き続き陳述書に目を通していると、ある内容に目が留まった。

「またか……」

思わず口に出してつぶやいていた。

それは城下町を管理する代官から上ってきていたものだった。

「なに? どうかした?」

「また城下町で人攫いだそうだ。ここ最近頻発していて代官から報告が上ってきている」

「女性や子供が狙われてるやつかぁ。最近王都の治安も悪化してるよね……」

「ああ。なんとかしたいが、正直私たちも現状を維持するので手一杯だからな……」

アランと私は示し合わせたように同じタイミングでため息を吐き出す。

なんとか国王の不在を穴埋めするので現状精一杯なのを痛感しているのが私たちなのだ。

「明日エドワード様に諸々の報告と決裁を貰いに行くから、この件も伝えておいた方がいいだろうな」

「そうだね。王都の治安悪化はエドワード様のすぐ足元で起こっていることだから、実感してくださるといいけどね」

まったく頭を悩ませる問題ばかりだ。

疲れが全身に広がっていくのを感じながら、ふと時刻を確認すればもうお茶の時間を過ぎていた。

私は執務机から立ち上がり、部屋を出て王宮内の廊下を歩き出した。

行き先はアリシア様の部屋だ。

3日に1回の連絡係としての訪問の日だった。

いつもの時間より少し遅れて到着となったが、アリシア様はいつも通りに応接間のソファーで寛いでいた。

自分でも不思議なのだが、なぜか彼女の姿を目にした瞬間、先程まで感じていた疲れが和らいでいくような心地になる。

彼女に会えたことが嬉しい、そんな感情が自然と湧いてきてことに驚いた。

「顔色が優れないようだけど大丈夫?」

私が向かいのソファーに腰を下ろすやいなや、アリシア様は真っ先にそんな言葉を投げかけてきた。

ベールで顔は見えないのに、彼女が眉間に皺を寄せて心配そうにしている姿が容易に想像できた。

なんの打算もなく、ただ純粋に体を気遣ってくれているのを感じて胸が温かくなる。

こんな感覚は初めてのことだった。

「ねぇ、ロイドも忙しいのだから、こんなに頻繁にここに来てくれなくてもいいわよ? エドワード殿下への連絡も特にないもの。せめて頻度を減らすのはどうかしら?」

「……私が来るのは困りますか?」

自分でもよく分からない感覚続きでおかしくなっていたのだろうか。

訪問頻度を減らす提案をしてきたアリシア様に対し、私はなぜか自分らしくもないこんなセリフを無意識に発していた。

 ……なぜだ? ご機嫌伺い係なんて面倒ごとだと辟易としていてはずではないか。頻度を減らせるのなんて願ってもないことだというのに。

気付けば口にしていた自分自身の言葉に内心驚きを隠せない。
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