人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
 ……訳アリ貴族風で、護身術の心得まであるこの不思議な女なら薬師のことももしかして知ってるかもな。

もうほぼ諦めていたのだが、王宮に帰る前に最後にダメ元で聞いてみるかと思い、私は今日何度となくした質問を女にも投げかけてみる。

すると女は「何の薬を探しているのか」と逆に問い返してきた。

私を貴族だと分かっているだろうに、この落ち着いた態度はやはり普通の平民ではない。

それに酒場では遠目に見ただけだったため、会話を交わすのは初めてだったのだが、この女が口を開くとどうしてもある人が頭にチラつく。

 ……このハニーブロンドの髪、そしてこの声のせいで、アリシア様を重ねてしまうな。

訳アリ貴族だと思われる町娘と、王女を重ねるなど不敬も甚だしいことは間違いない。

アリシア様は人質として今も王宮の自室で大人しくしているはずで、この女とは身分も立場も全く違う。

だというのに、アリシア様に似ている部分があるからか、つい気が緩んで私は聞かれたことに率直に答えてしまった。

「疲労回復薬だ。アドレリンという薬草を調合したものがこの辺りで手に入ると聞いた」

言葉が口をついて出た瞬間、この女にこんなに詳しく話す必要なかったと後悔が襲う。

どうせ言ったところで知らないだろうから余計な情報を漏らすべきではなかったのだ。

だが、ここで予想外のことが起こる。

「……アドレリン? アドレリンは貴重なわりに瞬間的な効果しかないから微妙よね。疲労回復薬ならレウテックスを調合したものの方が効果も持続性も高いはずだけど。調合も簡単だし……」

女が薬草のことを詳しく知っている口ぶりでボソリとつぶやいたのだ。

薬師でも知らない者がいる薬草のことを、さも当たり前のように知っていて、それよりも効果のある薬草さえ分かっているようだ。

 ……この女、何者なんだ? ただの平民ではないだろうが、ただの貴族でもなさそうだが。


「……お前、薬の心得があるのか?」

私は半ば確信がありつつも、わざと尋ねた。

女は誤魔化すように言葉を濁しながら視線を宙に向ける。

「調合されている薬草の名前を知っていたじゃないか。アドレリンなんて珍しい薬草なのに。しかもそれよりも効能がある薬草まで知っているようだし」

「その、以前知り合いから教えてもらったので少し知っているだけです」

「調合もできるのだろう? レウテックスなら簡単と漏らしていたしな」

詰めるように畳み掛ければ、ようやく観念したのか項垂れるように首を縦に振る。

やはり薬草を知るだけでなく、調合する技術まで身につけているようだ。
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