人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
「あの、たとえ調合できたとしても、とても公爵様にご提供できるものでは……」

「へぇ、私が公爵だと知っているのか?」

「あっ……」

調合するのは勘弁して欲しいと言わんばかりにやんわり逃げようとした女は、そこで失言を漏らす。

 ……私を公爵だと認識しているとは、ただの平民ではないことは確定だな。貴族として会ったことがあるのかもしれない。だが、こんな不思議な女なら記憶に残っていそうなもんだが……。

いくら記憶を遡ってみても思い当たる貴族の女は思い浮かばない。

唯一脳裏をよぎるのはアリシア様だが、それはあり得ないことなので除外だ。

 ……まあ、この女がどこの貴族令嬢でも今はいい。これだけ手掛かりのなかった疲労回復薬を手に入れられそうなのだから、利用しない手はない。そろそろエドワード様からも催促されそうだしな。

そう冷静に判断を下した私は女に調合を頼んだ。

しばし考えていた女だったが、最終的には助けてもらったお礼だと引き受けてくれることになり、10日後に酒場で受け渡しが決定した。

シアと名乗ったその女とその場で別れ、王宮に戻り執務を片付け、公爵家の屋敷に戻った私は公爵家で雇っている密偵を呼び寄せる。

ある依頼をするためだ。

「お呼びでしょうか?」

「ああ、一つ調べて欲しいことがある」

「はっ。承知しました。どのようなことで?」

「城下町の酒場『フォルトゥナ』で働いているシアという女の身元調査をして欲しい。おそらくどこかの貴族だと思うんだが」

「『フォルトゥナ』のシアですね。外見的な特徴はどのような者ですか?」

「髪はオレンジ色がかった金、目は青、身長は平均くらいで細身、整った顔立ちの女だ。できれば10日以内である程度情報が集まっていると助かる」

「すぐに取り掛かります」

話が終わると、密偵の男は足音も立てずに出ていき、部屋には静寂が訪れた。

 ……さて、あの女は何者なのか。楽しみだな。

私はグラスに琥珀色の酒を注ぎ入れ、ゆっくりと口に含みながら、口角に笑みを浮かべた。
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