人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
どうせ材料費はほとんどかかっていない。

中心となるレウテックスは王宮で採取したため無料だし、スパイスや蜂蜜は購入したがさほどの費用ではなかった。

なにより人攫いの危機から助けてもらったと思えば安いものである。

一方のロイドは代金を請求されなかったことが予想外だったのか呆気に取られているようだ。

そこで私は言葉を補足する。

「材料費もほとんどかかっておりませんので大丈夫です。できればその浮いたお金を、ぜひ他のことに充ててください」

私がそう言うとロイドは少し興味を引かれたようにこちらを見た。

そして試すような口調で問う。

「なるほど、金を有効活用しろと。ではお前なら何に使う?」

「そうですね……」

特に何も考えずに口にしただけだったのだが、問い返されてしばし考えてみる。

 ……お金が余ってるなら、前世の私のような貧乏に喘ぐ人を助けて欲しいわ。衣食住が不安定なのって本当に苦しいんだもの。

前世の日々を思い出すと本気でそう思うのだ。


「私なら恵まれない方々への支援に充てます」

「支援に?」

「はい。治安が悪化して城下町にも衣食住に困っている方は多いようです。お金に余裕があるのならノブレス・オブリージュの精神で支援をするのが良いと思います」

今の私は王女なので衣食住には困っていないのだが、残念ながら自由にできるお金はほとんどなかった。

なにしろ自国では不義の子としていない者扱い、そしてこの国では人質扱いだ。

せっかく身分は高いのに、こういう支援に手を出せる立場では到底なかった。


「確かに治安の悪化は深刻化していて、王都の城下町ですら物乞いを見かけるようになったからな」

「公爵様もお気づきだったんですね」

「ああ、報告でも上がってきている。それに実際に町を歩いて目にもしたからな。だが、手が回っていないのが現状だ。なかなか一人一人への支援は厳しい」

「それなら炊き出しとかはどうですか?」

「炊き出し?」

「経済的・環境的な事情により食事をすることが困難な人々に対して、一斉に調理した料理を無償で提供する救済活動のことです。一時的にでも飢えを凌ぐことができます。国家の予算などで定期的に開催できれば、餓死する人の数は減らせると思います」

前世の記憶を呼び起こしながら私は覚えていたことをロイドに話す。

私が知らないだけでこの世界ではすでに実施されていることかもしれないと思っていたが、ロイドの反応を見るとそうでもないようだ。

いくつか重ねて質問され、私は覚えている範囲で答えていく。 

話していて感じたのは、ロイドもこの国の状況に憂いているのだろうということだ。

それにロイドの場合は書類上で実態を把握するだけでなく、ちゃんと自身の目でも現場を確認しているのが伺えた。

 ……アリシアとして話している時からロイドは物知りで、教え方が上手くて、気が利いて、王太子の側近として仕事に忠実な人だと思ってたけど、シアとして2人きりで話してみてまた違う一面を見た気がするわ。視野が広くて、民のことを考えていて、素性もハッキリ分からない私なんかの話にも耳を傾けて……すごく器が大きい人なんだわ。


私たちはその後も疲労回復薬の受け渡しから脱線し、お金の有効な使い道や困窮者への支援案などについて意見を交わし合った。

あまりに私が戻ってこないから様子を見に来たミアが現れるまで、その会話は続いたのだった。
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