人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
それから数日後、依頼していた疲労回復薬の受け取り日がやって来た。

私は護衛とともに城下町の平民で賑わうエリアにある酒場フォルトゥナに向かう。

ここに来るまでに公爵家付きの密偵からは、シアについての調査結果の報告を受けていた。

驚くことにほとんど何も素性がわからないという結果だった。

報告してくれた密偵も自身の仕事が満足に遂行できなかったことに悔しそうな表情を浮かべていた。

分かったことと言えば、シアはフォルトゥナの常勤店員ではないこと、働き出したのは最近だということくらいだ。

あの店の店主の娘を助けたのがキッカケで、たまに働くようになったらしい。

だが、それ以外の日に何をしているのかはまったく持って謎で誰も知らなかったのだ。

護衛が背後に控えていると警戒されるかもしれないと考え、この日は護衛を店先に待機させ、私は店内へと踏み入る。

出迎えて早々に疲労回復薬を受け渡そうとするシアを制し、食事をする旨を伝えた。

シアの素性を探りたいと思ったからだ。

あの斬新な集客方法を考え出し、男2人を軽々と制圧し、薬まで調合できる彼女が一体何者なのか私は興味をそそられていた。

この日は前回とは違い個室に通され、接客もシアが担当するようだった。

これならじっくり探れそうで都合が良いと感じながらまずは食事を済ませる。

腹を満たしたタイミングでシアを呼び出した。

やって来た彼女は、ごく自然に個室の扉を少し開けたままにして、中へ入って来て私に向き合った。

この所作を見るに、「やはり彼女は貴族なのだろう」という確信が生まれる。

それを問い掛ければ、最初は誤魔化していたシアも貴族であることを認めるに至った。

そうなると次に気になるのはどこの家の令嬢なのかということだ。

こんな特異な貴族令嬢なんて会ったことも聞いたこともなかった。

それに彼女は容姿も良いから社交界で噂になっていてもおかしくないが、全く心当たりがない。

 ……社交界には顔を出さない引き篭もり令嬢なのか? それにしてはこんな町中の酒場で働いているのが違和感だな。

ますます不思議に思いながら、家名を尋ねれば、ここで初めて彼女は明確にそれ以上探らないで欲しいとハッキリ告げた。

そして何を思ったのか、いきなり私の目の前に疲労回復薬の瓶を並べると、そのうちの1つの蓋を開けて「毒味します」と飲み出した。

あまりに勢いよく、流れるような動作で目の前で毒味され、私は半ば呆気に取られながら口を挟まずにその様子を見ていた。

「これでも信用して頂けないでしょうか? 私の素性は分からなくても、本題である薬は問題ないと分かって頂けたと存じます」

毒味を終えた彼女は、堂々と私を見据えてこう言ってのける。

「これで文句ないでしょ?」と言わんばかりの態度だが、確かに彼女の言うことには筋が通っている。

彼女の素性を知らない上で依頼したのは私自身であり、依頼したその薬の安全性が担保された今、これ以上素性を探る意味はない。

ただの私の興味なのだから。
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