人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
いつもの時間より早い訪問に、扉の前の護衛から取り継がれた侍女はやや驚いていたが、拒否をされることはなかった。

応接間に通されソファーに腰掛けると、少し遅れてアリシア様が現れる。

いつもはアリシア様が先に座って私を待っているため、逆のシチュエーションがなんだか新鮮だった。

「お待たせしてごめんなさい。いつもより時間が早かったから準備が整ってなかったの」

「いえ、こちらが早く来てしまったので」

アリシア様は急いで身支度を整えてくれたのだろう。

慌てていたのか普段付けているベールが少し傾いていて、僅かに唇が覗いていた。

いつも顔全体にかかるようにベールを覆っていて全くその顔は窺い知れないため、チラリと見える部分に思わず目が吸い寄せられる。

柔らかそうな赤い唇に見入っていると、その形の良い唇が動き言葉を紡ぎ出す。

「なにかあったの?」

その口調は私を心配するような響きがあった。

いつもと違う行動を取った私に何か起こったのではと気に掛けてくれているのだろう。

「私には何もありませんよ。ご心配には及びません。アリシア様こそ大丈夫ですか?」

「えっ、私?」

アリシア様はなんのことか分からないというふうに小首を傾げる。

全く心当たりがなさそうな雰囲気を感じ、私は先程エドワード様から聞いた話を切り出した。

「一昨日、側妃のマティルデ様と偶然遭遇されたと聞きました。初めてお会いになったと思いますが大丈夫です? 嫌な思いなどされませんでしたか?」

「ああ、そのことね」

言われて思い出したという様子でアリシア様は明るいあっけらかんとした声を上げる。

その声は至っていつも通りのものだ。

「そうなのよ。偶然会ったの。でも別に嫌な思いなんてしてないわよ?」

「どんなことをお話になったんです?」

「大したことは話してないけど……そうね、()いて言うならいかにエドワード殿下がマティルデ様を寵愛されているかを伺ったという感じかしら? 片時も離さずずっとマティルデ様の離宮にいらっしゃるんでしょう?」

「……それをマティルデ様から聞かされたのですか?」

「ええ、そうよ。嬉しそうに語ってくださったわよ?」

自分の婚約者に放置され、その婚約者の側妃から寵愛具合を聞かされるなんて、かなり堪えることではないのだろうか。

話を聞く限り、マティルデ様の方こそ寵愛を盾に、自分より身分の高いアリシア様を(おとし)めているように感じる。
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