人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
「それにエレーナ様のあの言いよう! 我儘は控えた方がいい? どの口が言ってるんだか。ベールで顔を隠すのだって、本当は醜くなんてないのにっ! 悔しいですっ!」

ライラの怒りはおさまっていなかったようで、今度はエレーナに噛みついている。

母が亡くなって以降、乳母となったライラの母に育てられた私は、3つ年上のライラとは姉妹のように育ち、気心知れた間柄だった。

ライラが成人を迎えた16歳からは、私付きの侍女としていつも側に控えていてくれていて、とても心強い存在だ。

王族の侍女は高位貴族の令嬢が務めることがほとんどのため、実は下位にあたる男爵家の令嬢のライラが侍女をしているのは異例だった。

それが認められているのは、ひとえに私が不義の子として王族の中で冷遇されているからだ。

私としては、こんなふうに私に代わって怒ってくれるライラが侍女として側にいてくれるだけで救われる心地だし、それだけで充分だった。


「でもベールは私にとっても好都合だわ」

「確かにそれはそうなんでしょうけど。でも、本当はこんなにお美しいのにっ! 醜くい容姿で性格まで歪んでいるなんてアリシア様が言われているのが我慢できませんっ!」

醜くて性格も歪んでいる、というのはリズベルト王国で周囲が私に対して抱いている印象だった。

王女でありながら舞踏会などの社交の場に一切出席せず、王宮で見かけた時にはいつもベールで顔を隠し、必要最低限しか言葉を発さない姿からそう言われるようになった。

加えて、心優しく美しいエレーナが積極的にそれを吹聴して回ったことで、今や誰もが知っている。

実際のところは、ライラの言うように、別に私は醜くくはない。

というより、世間一般にはかなりの美人に分類されると思う。

ハニーブロンドの豊かな髪に、宝石のような青い瞳、顔の各パーツも整ったお人形さんのような顔立ちだ。

前世の記憶がある身からすると、絵に描いたような金髪碧眼のお姫様だとすら思う。

エレーナにとっては、蔑むべき存在の私がこの美貌なのが面白くなかったようで、物心ついた頃から顔を隠せと命令してくるようになったのだ。

それが私がベールで顔を覆って人前に現れる理由だった。

だが、このベール、実は私にとっては今や大層都合の良いもので、生活には欠かせない必須アイテムとなっている。

「最初はエレーナに言われて渋々始めたことだったけれど、今となっては感謝しているの。これのおかげで顔を知られていないから、こっそり抜け出し放題なんですもの!」

ふふっと笑いながら私はライラを見つめる。

ライラは腰に手を当てて怒るポーズを取りながらも、すっかり毒気を抜かれたようで、はぁっとため息を溢した。


「アリシア様が城を抜け出して城下の下町で楽しんでいるのは存じてますけど、お戻りになるたびに生傷作ったり、火傷を負ったりされていて驚かされる身にもなってください」

「それは昔のことでしょう? ライラはいつまで経っても昔のことを言い出すんだから。ナタリーにそっくりよ」

乳母であり、ライラの母の名を出すと、思い当たるところがあったのかライラは少し恥ずかしそうにして口をつぐんだ。

尊敬する母に似ていると言われるのはこそばゆいらしい。

母娘の関係性に微笑ましいものを感じながら、私は思い出したかのように今度は自分からライラに話しかけた。
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