人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
「この紋章は……」

「はい。今何かと話題のノランド辺境伯の家紋でございます」

「やはり、か」

反王家勢力の中心的人物から私に宛てた書簡というわけだ。

 ……対立する立場のはずだが、そんな人物が一体私に何の用だというのだろうか。

私は中の紙を取り出し、さっそく内容に目を通す。

それはいずれも、「一度会って話がしたい」という趣旨のものだった。

一番最近送られてきたと思われるものには、「仲間に加わって欲しい」という旨まで書かれている。

もちろんかなり婉曲な表現で、証拠にならないように配慮された文面だ。

反乱、王位簒奪といった言葉はどこにもないから、仮に私が騒ぎ立ててもすっとぼけられるだろう。

「ロイド様は普段王都にいらっしゃいますが、さすがに王都の邸宅へ書簡を届けるのはリスクがあると判断して、領地に送られて来ているのでしょう。今のところ返信などしておりませんが、今後はいかが対応いたしますか?」

「このまま無視をしておいてくれ。私は会うつもりはない」

「承知しました」

「ああ、それからもうしばらくしたら領地を出て王都に戻る。悪いが、バーナードには引き続き領地や屋敷の管理を任せたい。よろしく頼む」

「もちろんでございます」

バーナードは笑顔を見せた後、恭しく頭を下げるて執務室をあとにする。

私はそのままいくつかの執務を片付け、予定通りに王都へ向けた馬車へ乗り込んだ。

夕方頃には王宮に到着するだろう。

馬車に揺られながら、いつしか仮眠を取っていた私が目を覚ましたのは王宮入り口の手前になってからだった。

「あ、おかえり、ロイド!」

王宮に戻ったその足で王太子執務室へ向かうと、室内にはいつものごとくアランのみが机に向かっていた。

何か報告があるのか、私が執務室に現れると、アランはパッと顔を上げてこちらを見る。

「何かあったのか?」

「ロイドがいない日に限ってあったんだって。実はさ、今日リズベルト王国からの使者が来たんだ。同盟に伴う取引の件で王の書簡を持参してね」

「詳しい取引条件の交渉中だからな。こちらから提示していたことに対しての返答の書簡ということか」

「そうそう。ただね、その使者ってのがさ、リズベルト王国騎士団の副団長だったんだよ。鬼神(きしん)と呼ばれるあちらの国の武力の主戦力の人物。普通は文官が来るから驚いたよ」

隣国で鬼神と呼ばれるその騎士のことは耳にしたことがあった。

戦場で恐ろしい強さを誇ると名高く、いくぶん若いみたいだが、こちらの国でいうノランド辺境伯のような存在だという。

 ……そんな人物が使者として来たら警戒するのは当たり前だ。アランも気を揉んだことだろう。
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