人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
騎士らしい鍛えられた肉体は服の上からでも容易に見て取ることができる。

一見すると怖いと言われるであろう顔付きは、まさに鬼神と呼ばれるにふさわしい威圧感があった。

 ……この顔がアリシア様の前では笑み崩れるのか。信じられないな。

昨日アランから聞いた話が脳裏を掠め、無意識に目の前の男とアリシア様が楽しそうに会話をする場面を思い描いた。

すると不思議なことに、また昨日と同じようなジリジリするような苛立ちと何とも言えない不快感が押し寄せてくる。

別にこのルシフェル卿に不快なことを言われたわけでもない。

なのになぜかこの男を見ているだけで、胸が騒めいてしょうがなかった。

その後、書簡に書かれている内容について、少し会話を交わし、謁見は終了となった。

ルシフェル卿はあと数日だけ滞在して自国へ帰国するという。

謁見を終えてルシフェル卿が目の前からいなくなった後も、イライラとしたものが晴れることはなく、その日一日中そのままだった。

寝れば治るかと思ったものの、翌日になってもなかなかスッキリとしない。

ふとした瞬間に何度も脳裏にアリシア様とルシフェル卿の2人の姿が浮かび、その度にドス黒い何かが心を支配するような感覚があった。

 ……なぜだか無性にアリシア様にお会いしたいな。姿を見て、いつも通りの声を聞けば、この変な症状も消える気がする。

根拠はないがそんなふうに感じ、手付かずだった執務を一旦手放し、私は思い立ってアリシア様を訪問することにした。

今日はいつもの3日に1度の訪問日ではない。

訪問日ではない日に突然伺うのは初めてのことだった。

だが、以前にもいつもの時間帯ではない時に伺って、少々慌てながらもアリシア様は応対してくれたし、いつも部屋にいるのだがら多少待てば問題ないだろう。

そう結論付け、アリシア様の離宮へ向かい、部屋の前の護衛に訪問の旨を告げる。

今日は侍女も側に付けずに、部屋で一人で籠っているそうだ。

護衛によると定期的にアリシア様はこのように部屋で一人きりになりたがるようで、その日は誰も通さないで欲しいと言伝(ことづて)を受けているそうだ。

他の誰かであれば取次しなかったのだろうが、相手が私だから例外的に今回アリシア様へ声をかけてくれたという。

しかし中からは一向に返答が来ない。

突然の訪問に身支度を整えているのかもしれないが、それにしてもアリシア様にしては遅い気がする。

待っている間に先に応接間へ案内してくれる侍女も今日はいないため、護衛が用意してくれた椅子に腰かけてしばし部屋の前で待っていると、扉の下から紙が一枚スッと出て来た。

受け取った護衛が内容を見てわずかに首を傾げている。
< 90 / 163 >

この作品をシェア

pagetop