人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
「なんて書いてあった?」

「5分後にブライトウェル公爵様を応接間にお通しするようにとのことです。……ただアリシア王女殿下は喉の調子が悪いようで、今日は声を発することができないそうです」

「声が出せない……? ご体調を崩されているのか?」

「いえ、今朝はお元気そうでした。ブライトウェル公爵様のお話を聞く分には問題ないと仰せです。このように扉の下から紙で連絡を受けるのは初めてですが、それも声が出せないからなのでしょう」

いつもの声が聞ければと思っていたが、残念ながらそれは叶わないようだ。

だが、姿を見るだけでも、幾分かはこのスッキリしないモヤモヤとしたものはきっとマシになるだろう。

そう判断した私は、言われた通り5分後に中へ入りいつもの応接間のソファーに腰を下ろす。

まもなくして寝室の方の扉から無言のアリシア様が姿を現して、私の目の前のソファーに座った。

声を発さないことを除けば、きちんと王女らしいドレスに身を包み、ベールで顔を隠した、いつも通りのアリシア様の姿だ。

アリシア様をよく知らない者や遠目からしか見たことがない者はそう思ったことだろう。

しかし、私は一目見た瞬間になぜだが強烈な違和感を感じた。

姿形は似ているのだが、醸し出す雰囲気や仕草、身のこなしがアリシア様のそれとは全く違う。

 ……一体どういうことだ? これは誰だ?

自然と目つきが鋭くなり無言の相手を無言でじっと見返すと、緊張感に満ちた空気が漂い、次第に相手が小刻みに震え出した。

「……お前は誰だ? 偽者だろう? 本物のアリシア様はどこにいる?」

「…………」

「声を出さないという設定にして無言を貫き通すのか? 衛兵を呼んで騒ぎにするか?」

「…………」

私がその場をガタッと立ち上がり、扉の方へ向かう素振りを見せたところで初めて、相手も慌てたように立ち上がった。

そして「お待ちください……!」と絞り出すような声を上げた。

その声にどことなく聞き覚えがある気がして、私は振り返る。

再びじっと貫くような視線を無言で浴びせれば、ついに相手は観念したかのように項垂れた。

「ブライトウェル公爵様、お話いたします。ですから、どうか外にお知らせになるのはお辞めくださいませ……!」

「内容次第だ。それでお前は何者だ? 本物のアリシア様は無事なのか? まずはこの質問に答えろ」

「アリシア様はもちろん無事でございます! そして私は……」

そう言うと、相手はおもむろに顔を隠していたベールを脱ぎ去った。

露わになったその顔は見たことのあるものだ。

「……お前は、アリシア様がリズベルト王国から連れて来た侍女、か?」

「さようでございます。このような、王女を偽る行為、誠に申し訳ございません……!」

侍女はその場にしゃがみ込み、ひれ伏すように床に頭を付ける。

王族になりすますなど大きな罪であり、それを自覚しているからこそ完全に怯え切っていて体がブルブルと震えていた。
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