人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
「この部屋にお前は1人のようだが、本物のアリシア様はどこにいる? 無事だと先程言ったが一体……?」

「今はご不在で……」

侍女が説明を口にしかけた時、寝室の方から窓に何かが当たるような音が聞こえてきた。

その音に目を見開きハッとした侍女は、立ち上がると急いで私にこう言う。

「大変恐縮ながら、少々こちらでお待ち頂けますでしょうか……? 今しがたアリシア様がお戻りになられたようです。アリシア様からご説明頂いた方がブライトウェル公爵様も納得頂けると思うのです……」

「逃げないのであればそれでいい。それにアリシア様本人の無事を確認することも必要だからな。では私はここで待つから、必ずアリシア様を連れて来るように。もし約束を(たが)えればどうなるかは分かるな?」

「承りました……!」

顔面蒼白になりながら深々と頭を下げた侍女は、急いで寝室に向かった。

それからしばらくして、再び寝室の扉が開く。

その扉から顔を覗かせたのは先程の侍女でもなければ、アリシア様でもない。

ありえない人物がそこにはいた。

驚きで目を見開いた私同様、彼女の方も目を丸くしてその場に凍りついている。

ハニーブロンドの髪に、青い瞳が目を引く整った顔立ちの美しい女が侍女の服装をしてそこに佇んでいた。

 ……なぜフォルトゥナのシアがここに? いや、つまりはアリシア様が身分を隠して平民のフリをしていたということか。

ベールで顔を隠しているアリシア様の素顔をこの国にいる誰もが知らない。

特に顔を隠すほど醜い容姿だと思われているから、容姿の良いシアとアリシア様を結び付けたりもしないだろう。

 ……ということは、私がたびたび2人の雰囲気や声、考え方が似ていると感じていたのは至極当然のことだったというわけだな。

まさか王女が平民のフリをしているとは想像だにしなかったので、ありえないと幾度も否定していたが、勘は正しかったのだ。

同時にあることにも気づく。

今まで一律にどんな女も苦手で近寄って来られるのも嫌だった自分にとって例外だった2人が同一人物だったという事実だ。

 ……つまりは、女嫌いが軟化したわけではなく、アリシア様だけが特別ということか。

思い返せば、可愛らしいと思うのも、喜ばせたいと感じるのも、嬉しくなるのも、アリシア様に対してだけだった。

ルシフェル卿に対して苛立ちに似た感情を持つのもアリシア様と親しいからだ。

 ……私は、いつの間にかアリシア様を一人の女性として愛しく思っていたのだな。

アリシア様と出会ってからというものの、何度も自分の感情に不可解さを感じることがあったことを思い出す。

それを見ないフリ、または放置してきたことを考えれば、私は割と早い段階からアリシア様のことを無自覚ながらも想っていたのだろう。

アリシア様への想いを自覚した私は、その場で立ち尽くす彼女の方へ思いのままに歩みを進める。

目の前まで近づき、初めて王宮のこの部屋で、ベールを外した素顔の王女アリシア様を真正面から見つめた。

「やっと正体が分かりましたよ。訳アリ貴族のシア。……いいえ、アリシア・リズベルト様?」

「ロイド……」

「さぁ、どういうことか説明頂けますね?」

「ええ、分かったわ」

アリシア様は覚悟を決めたような目で私を見つめ返してきた。

この腹を括った(いさぎよ)い姿もアリシア様らしい。

今や侍女が王族を偽っていたことよりも、私はアリシア様自身のことが知りたかった。

なぜ普段顔を隠していて、なぜシアのフリをしていて、どうやって王宮を抜け出して、何を思っていたのか。

人生で初めて愛しいと感じるこの女性のすべてが知りたい――そう思った。

< 92 / 163 >

この作品をシェア

pagetop