人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
「ええ。完璧な通訳ができるとまでは言い切れないけれどたぶん大丈夫だと思うわよ。それに私であれば身分的にも問題ないでしょう? むしろ王女だからこそ多少失敗しても先方も大目に見てくれるのではないかしら?」

「おっしゃる通りです。それにしても……護身術、薬の調合、斬新な集客手法、そしてタンガル語ですか。アリシア様には毎回驚かされますね。リズベルト王国はタンガル帝国と国交がなかったと記憶していますが、タンガル語はどのように習得されたのです?」

「ふふっ。リズベルト王国で王宮から抜け出している時にね、婚姻によって移民して来ていたタンガル人と下町で出会ったのよ。それで彼女に教えてもらったの。平民だけれど貴族と接する商家の娘だったらしくて、貴族に対する丁寧語も習ったから安心して」

当時のことを懐かしく思い出しながら私は事情を隠すことなく話した。

シアであることが露呈してからというものの、こうしてロイドに対して私が身につけてきたことをサラリと口にするようになったのも大きな変化だろう。

「アリシア様に通訳を務めて頂けるのは正直なところ、とても助かります。ですが、よろしいのですか? 嫌でも注目されることになりますよ?」

それはそうだろう。

他の貴族も多数いる場、エドワード殿下の側で通訳をし外国の使節団と応対するのだ。

今までひっそり離宮に極力籠っていたのに、ベールは付けたままとはいえ、姿を大々的に晒すことになる。

 ……でもこれってある意味良い機会だと思うのよね。お飾り妃だとしても、周囲の人に認めてもらうためにね。

私の脳裏にあったのは先日保留にしたスヴェンとのやりとりだった。

このままだとスヴェンが婚姻後に無理矢理こちらにやって来そうだから、思い止まらせるためにも私が幸せであることを見せつける必要があるのだ。

「大丈夫よ。スヴェンを早まらせないためにも何か対策を取ろうとちょうど思っていたところだったから」

「スヴェン? 対策? ……スヴェンというと、この前使者として来ていたリズベルト王国騎士団の副団長であるルシフェル卿のことですよね?」

私がポロリとスヴェンの名を漏らすと、それにロイドはピクリと反応した。

確かに今の話の流れでスヴェンの名前が出てくるのは不自然で違和感を感じたのだろう。

「もしかして、と思いますが、王宮を抜け出して彼と城下町で会った……ということはありませんよね?」

頭の切れるロイドは私が何かを口にする前にすでにその推測に行き着いていた。

監視のない場で自国の者と顔を合わせていた事実は後ろめたいものがあり、私はそろりと目を逸らす。

が、陰謀を企んでいると思われても仕方ない事態を見逃してくれるはずもなく、ロイドの視線が突き刺さった。
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