平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です
好きだと自覚しても、今はまだその先を思い描くことは私には難しい。

マルグリット様の言うように気持ちを伝えて、仮に同じ気持ちを返してもらえたとしても、その先どうなるのかは見当もつかない。

フェリクス様が王族で、私がただの子爵令嬢である事実は変わらないのだ。

公爵子息以上に身の丈に合わない相手なのは明白だった。

「まだシェイラは自覚したばかりで混乱しているのね。それならゆっくりでもいいと思うわ。……ただ一つだけ言わせてくれるかしら? あの男は必ずシェイラからの想いを喜ぶはずよ。不本意ではあるけど色々と似た者同士であるわたくしには分かるの。あなたの存在があの男にとっていかに貴重で大切なのかをね。きっとわたくしがリオネルに向けて感じる想いと同じはずだもの」

「マルグリット様……」

「まあ、あの男が幸せになるのはちょっと癪だから、せいぜい待たせておけばいいわよ。シェイラはシェイラのペースで進みなさいね?」

急に気持ちを自覚して困惑していたが、こうしてマルグリット様から「自分のペースでいい」と言ってもらえてとてもホッとした。

 ……そうよね。何も焦る必要はないわよね。平穏な生活のために身の丈に合った相手をと長年思ってきた私にとって、王族であるフェリクス様に恋心を抱いてしまった事実は重いもの。気持ちに折り合いをつけるためにきっと時間が必要だわ。

長年私の指針となってきた母の教えを破ってまでフェリクス様への想いを遂げたいのか、それほどではないのか、今の私には判断がつかない。

もし想いを遂げたいと思うならば、それこそ相当な覚悟も必要になるだろう。

「マルグリット様、話を聞いて頂きありがとうございました! おかげで少し頭の中を整理できたみたいです」

「それは良かったわ。ではもう少しだけ休憩してから会議の準備に戻りましょう」

「はい!」

私たちはキャシーの淹れてくれた紅茶を楽しみつつ、その後再び各々机に向かったのだった。

◇◇◇

翌週の学園会議は、事前準備の甲斐もあって、万事つつがなく終えることができた。

来期の生徒会への引継ぎも、セイゲル語の授業の報告もこわいくらい順調だった。

授業の件は、会議にいた皆からの反応もすこぶる良く、来期の授業開始が楽しみだという好評を得られた。

「ふぅ、終わった……!」

こんなふうに会議の場で報告を経験するのは初めてのことで、なにげに肩の力が入っていた私は開放感に包まれる。

ちょっと一人になりたい気分になって、久しぶりに学園内の片隅にあるあの庭に足を運んでいた。

切り株に腰掛け、手の平を空に向かってぐーっと真っ直ぐ伸ばす。

緊張していた肩や首の筋肉がほぐれて気持ちがいい。
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